雌雄異株植物3種(カナムグラ,カラハナソウ,スイバ)の細胞遺伝学的研究


内藤 寛文(平成18年度修了)

要旨


 性染色体をもつ種子植物は約20種知られている。それらの性決定様式としては,Y染色体が性決定に関与するアクティブYシステムと,X染色体数と常染色体組数の比率で性が決定されY染色体は性決定に関与しないX/Aバランスシステムの2つの異なるしくみが知られている。
 X/Aバランスシステムは,植物ではカラハナソウ属とギシギシ属にのみ知られているしくみである。両属にはXX/XY型の種とともに,XX/XYY型の性染色体をもつ種が存在するという共通性がある。カラハナソウ属とギシギシ属においてXX/XYY型の性染色体がどのようにして形成されてきたのかは興味深い。その解明の一助として,本研究ではホップ,カラハナソウ,カナムグラ,それにスイバの核型,特にそれらの性染色体,に着目して詳細な観察を行った。
I. カラハナソウ属カラハナソウ,ホップ,カナムグラの核型
 アサ科カラハナソウ属(Humulus )はつる性の雌雄異株植物であり,多年生のホップとチャイニーズホップ,それに一年生のカナムグラの3種が知られている。日本においてはカナムグラ(H. japonicus )とカラハナソウ(H. lupulus var. cordifolius )の2種が自生しており,ホップ(H. lupulus var. lupulus )が栽培されている。Winge (1923, 1929),Sinoto (1929),Ono (1937, 1955),それにNeve (1958)による研究から,ホップとカラハナソウでは雄株の性染色体に関してY染色体の長さが異なる3タイプのXY型 (Winge Type,New Winge Type,Homo Type)と,Y染色体と常染色体の間での相互転座によって,性染色体が複雑化した2タイプ(Sinoto Type,New Sinoto Type)の合計5つの型が存在することが明らかになっている。また,カナムグラの雄株では,性染色体は減数分裂時にY1-X-Y2と端部で対合した三連体を形成し,第一分裂後期ではX染色体と2本のY染色体とに分離することが知られている。
 観察には,高山市産カラハナソウ(雌株12株,雄株11株)と,富山市産カナムグラ(雌株22株,雄株27株),それに薬学部附属薬用植物園で栽培されているホップ(雌雄1株ずつ)を用いた。
 カラハナソウは,雌雄ともに2n=20であり,雄株の減数分裂第一分裂において,1個の四連体と8個の二価染色体を形成した。四連体の染色体構成とそれぞれの長さの比は,X : Ya : Ay : A = 1 : 0.88 : 1.06 : 1.18であり,今回観察したカラハナソウはSinoto Typeであることが分かった。ホップ(雌雄ともに2n=20)も,性染色体の長さの比がX : Ya : Ay : A = 1 : 0.85 : 1.09 : 1.15であったことから,カラハナソウと同じくSinoto Typeであると判断された。
 カナムグラ(雌株:2n=14+XX,雄株:2n=14+XY1Y2)の性染色体の長さに関してKihara and Hirayoshi (1932)とOno (1955)は,長い順にX染色体,Y1染色体,Y2染色体としているが,観察の結果,Y1染色体(染色体長:3.43 オm,腕比1.1のm型)が最も長く,次にX染色体(染色体長:3.21 オm,腕比1.2のm型), そしてY2染色体(染色体長:2.90 オm,腕比1.5のm型)の順であることがわかった。
 ホップとカラハナソウの核型は,Ya染色体と常染色体の1対において,動原体の位置が異なっていた。これは,挟動原体逆位により核型が分化したものと思われる。ホップ,カラハナソウ,カナムグラは,いずれも2対のサテライト染色体をもち,そのうちの1対の長腕では凝縮が遅れるという共通の特徴が認められた。Y染色体は,カナムグラだけが異質染色質化しており,ホップ・カラハナソウよりも,Y染色体の分化が進んでいることが明らかになった。
II. スイバのY染色体の多様性
 スイバ(Rumex acetosa )は,通常,雌株が2n=14=12+XX,雄株は2n=15=12+XY1Y2であり,付随体の大きさ,A1, A5, A6染色体の短腕の長さ,それに2本のY染色体の形が変異することが知られている。
 Wilby and Parker (1986, 1987)はイギリスにおけるスイバY染色体の集団解析の結果,動原体の位置はY染色体の両端30 %の部分を除いた残りの40 %の部分に存在しており,その位置は集団内において変異するものの,染色体長が一定しているため,イギリスにおける2本のY染色体は挟動原体逆位により多様化していると報告している。また,近年のFISH解析によって,2本のY染色体間で相互転座が生じた個体も報告されている(Shibata et al. 1999, 2000)。
 日本全国の24ヵ所,合計730個体のスイバ雄株を対象に観察を行ったところ,X染色体に対するY1染色体の相対長は85 %,Y2染色体の相対長は75 %が一般的であり,イギリスでの報告と一致していた。X染色体に対するY1,Y2染色体の相対長が,イギリスと日本というスイバの分布の東西両端地域の間において一定していることがわかった。今回の観察において,Y1またはY2染色体に重複または欠失が生じた個体が5個体(0.68 %)見つかった。また,2本のY染色体間で転座が生じた個体も32個体(4.38 %)見つかった。スイバY染色体の染色体突然変異個体としては,重複や欠失よりも転座を生じた個体の方が多いことがわかった。これら変異個体を除いた692個体では,相対長は一定していたものの,腕比はY1染色体が1.0〜2.0,Y2染色体では1.0〜2.5の間の様々な値を示した。Y1染色体では腕比1.1の染色体がいずれの集団でも多かったのに対して,Y2染色体では腕比1.2と1.7付近の染色体のいずれかが多い場合と双方ともに多い場合の,集団による特徴が認められた。東日本の集団では腕比1.2,または近い値のY2染色体が高い割合を占め,西日本の集団では1.7,または近い値のY2染色体が高い割合を占めており,地域による割合の違いが認められた。
III. XX/XYY型性染色体の起源の考察
 北米産スイバ亜属インドスイバ(Rumex hastatulus )には,XX/XYY型の性染色体と3対の常染色体から構成されるノースカロライナ型と,XX/XY型の性染色体と4対の常染色体から構成されるテキサス型の2型が存在するが,Smith (1969)は,それらの雑種を含めた染色体の観察から,テキサス型のインドスイバにおける性染色体(XX/XY)と1対の常染色体の間における相互転座からノースカロライナ型が生じたと報告している。
 インドスイバにおけるテキサス型からノースカロライナ型への染色体の変化と,カラハナソウ属の核型を比較すると,染色体数の減少とXX/XY型からXX/XYY型への変化という共通性が認められる。ホップ・カラハナソウでは,XX/XY型であるWinge Typeを基礎にして,インドスイバと同様の構造変化を経て,今回観察したSinoto Typeの性染色体が出現したのではないかと考えられる。カナムグラの核型が形成されるためには,同時に2対の常染色体が1対の常染色体に変わるという,常染色体組の減少が必要であるが,これについては今後の研究が必要である。
 雌雄異株のスイバ亜属は,ヒメスイバなどを含むXX/XY型の性染色体をもつグループ(x=8)と,スイバなどのXX/XYY型の性染色体をもつグループ(x=7)に分けられることが分子遺伝学的研究から明らかになっている(Perez et al. 2005)。x=8から7への染色体数の減少の過程でインドスイバ同様の構造変化が生じたことでXX/XY型からXX/XYY型が形成されてきた可能性がある。