愛知県産スイバの染色体研究

内藤 寛文(平成16年度卒業)

要旨

 スイバ(Rumex acetosa)は, 高等植物において性染色体が発見された最初の植物の1つとして知られている。通常は二倍体で, その染色体構成は, 雌株が2n=14=XX+12, 雄株は2n=15=XY1Y2+12である。6対の常染色体のうち5番目(A5)と6番目(A6)の短腕の長さは変異し, 加えて, Y染色体の長さや形, 付随体のサイズも変異することが知られている。いずれもヘテロクロマチンから構成されている部分であり, A5, A6の変異はヘテロクロマチンよりなる過剰分節の有無による変異であることが明らかにされている。A5には次中部動原体型(sm型)と次端部動原体型(st型), A6には中部動原体型(m型)と次中部動原体型(sm型)のそれぞれ二型があり, その頻度は地域によって異なっている。
 富山県と新潟県西部地域のスイバを対象に染色体観察を行った坪田(1992)と氷見(1996)は, それらの地域のA5, A6の二型の頻度とともに, 染色体突然変異個体の多い集団の存在も明らかにした。逆位や転座を持つ染色体突然変異個体は, 減数分裂時のキアズマの形成位置によっては, 新たな変異染色体を生じることから, 異数体, 倍数体とともにスイバの性決定のしくみの理解において有用である。今回, 愛知県内のスイバを対象にして, A5, A6の二型の割合を明らかにすることと, 新たな染色体突然変異個体を得ることを目的に染色体の観察を行った。
 材料には, 佐久島, 篠島, 日間賀島を含めた愛知県内の24ヵ所と地理的に近い三重県神島の1ヵ所, 合計25ヵ所1,406個体のスイバを用いた。
 観察の結果, 二倍体は1,369個体(97.4%), そのうち雌株である2n=14=XX+12は1,106個体, 雄株である2n=15=XY1Y2+12は263個体であり, 雌雄の比は80.8:19.2であった。三倍体は2n=XXX+18が13個体(0.92%), 2n=XXYY+18は10個体(0.71%)であった。四倍体は2n=XXXX+24が1個体, 2n=XXXYY+24も1個体であった。その他に2n=XXY+12が2個体, 2n=XYY+13が1個体, それに2n=XX+13が1個体見つかった。また, 常染色体に転座を生じた染色体突然変異個体は4個体(0.28%), 性染色体(X, Y)に構造変異が生じた個体が5個体(0.36%)見つかった。西尾市と東栄町の集団では, 染色体突然変異個体が複数観察されたことから, 近隣に染色体突然変異個体群が存在する可能性があり, 今後, これらの地域の詳細な調査が望まれる。
 愛知県内での過剰分節をもつA5の割合は29.8%〜63.6%であり, 平均は45.8%であった。また、過剰分節をもつ染色体A6の割合は44.1%〜89.2%であり, 平均は65.1%であった。この結果は, すでに明らかにされている富山県産スイバの結果と比較して, 二倍体での雌雄の割合, 三倍体の出現率, それに染色体突然変異個体の出現率に差は認められなかったが, 過剰分節をもつA5, A6の割合には有意な差が認められた。愛知県は, 富山県に比べて過剰分節をもつA5, A6が高い割合で存在した。 
 今回観察を行った25ヵ所のうち, 日間賀島の集団は過剰分節をもつA6の割合が他に比べて著しく低く, また, B染色体をもつ個体の割合が他の集団より著しく高かった。日間賀島の集団は, 海によって地理的に隔離された小さな島という環境に移入してきた少数の個体をもとに, 染色体変異の小さな特有の染色体型の集団が形成されたと考えられる。