日本産オオバコ属の核型と比較形態

荻野 聖代(平成13年度修了)

要旨

 オオバコ属 ( Plantago L. ) は、世界に約270種 ( MABBERLEY 1997 )、日本では帰化植物を含め7種が知られている ( OHWI & KITAGAWA 1992 )。ほとんどは1年生または多年生草本であるものの、国外では灌木になる種も知られている。日本産オオバコ属の染色体数は、ONO ( 1954 )、FUJIWARA ( 1955a,b,1956a,b )、MATSUO & NOGUCHI ( 1989 )、NISHIKAWA ( 1990 ) により、核型についてはFUJIWARA ( 1956a,b )とMATSUO & NOGUCHI ( 1989 ) によって報告されてきたが、ハクサンオオバコについては染色体数が知られておらず、また、報告された核型も付随体の数に違いがみられるなど、いまだ不十分である。
 本研究は、日本産オオバコ属植物の類縁関係を明らかにすることを目的として、核型の比較を行うとともに、種内倍数性のみられたオオバコとトウオオバコについては、倍数体間での形態的な違いを明らかにするために、形態比較を行った。
 
1.染色体数と核型
材料に用いたのは、オオバコ ( P. asiatica )、エゾオオバコ ( P. camtschatica )、ハクサンオオバコ ( P. hakusanensis )、トウオオバコ ( P. japonica )、ヘラオオバコ ( P. lanceolata )、セイヨウオオバコ ( P. major )、ツボミオオバコ ( P. virginica )の合計2998個体である。なお、わが国の固有種であるトウオオバコには花茎が分岐する品種ヤツマタオオバコ ( P. japonica f. polystachya Makino ) が知られているが、花茎がない時期には区別できないことから、すべてトウオオバコとして取り扱った。
 観察の結果、オオバコの大部分は従来の報告の通り2n=24の4倍体であったが、新潟県産、富山県産、兵庫県産、長崎県産、沖縄県産の一部は2n=36の6倍体であった。エゾオオバコとヘラオオバコ、それにセイヨウオオバコは従来の報告の通り2n=12の2倍体であった。ハクサンオオバコは2n=24であり、4倍体であることが判明した。トウオオバコでは2n=12の2倍体と2n=36の6倍体が観察された。ツボミオオバコは従来の報告通り2n=24の4倍体であった。
オオバコは、国外では2n=12,24,36が報告されているが、わが国ではこれまで2n=24の4倍体のみが知られていた。しかし今回の観察の結果、わが国にも2n=36の6倍体が分布することが明らかになった。トウオオバコでは2n=12のほかに、すでに2n=36が報告されていたが、今回の研究の結果、2つのタイプがわが国に広く分布していることが明らかになった。
 核型は、オオバコ、エゾオオバコ、トウオオバコ、セイヨウオオバコ、ツボミオオバコは主に中部動原体型染色体と次中部動原体型染色体から成り、互いに染色体のサイズが類似する勾配的対称的核型を示し、類似していた。ハクサンオオバコは主に中部動原体型染色体と端部動原体型染色体から成る、勾配的対称的核型を示した。ヘラオオバコは他よりも染色体が大きく、中部動原体型染色体と端部動原体型染色体から成る、二相的対称的な核型をしていた。日本産オオバコ属植物はすべてオオバコ属Euplantago亜属に属し、そのうちオオバコ、トウオオバコ、セイヨウオオバコはPolyneuron節に、エゾオオバコはHeptaneuron節に、ヘラオオバコはArnoglossum節に、ツボミオオバコはNeoplantago節に分類される ( HARMS & REICHE 1897 )。従って、核型の特徴は、Polyneuron節に属する3種は互いに似ており、Heptaneuron節に属するエゾオオバコとNeoplantago節に属するツボミオオバコもそれらと類似していた。Arnoglossum節に属するヘラオオバコは、他とは核型の特徴が異なっていた。
2.形態比較
 オオバコとトウオオバコにおいて、倍数性が存在したことから、それぞれの倍数体間での形態的違いを明らかにするために形態計測を行った。オオバコ4倍体は神奈川県三浦市城ヶ島の70個体、新潟県能生町能生の37個体、富山県新湊市海王町の33個体、富山県平村大崩島の19個体を計測に用いた。オオバコ6倍体は富山県大山町水須の20個体、富山県富山市三熊の16個体、富山県利賀村下原の33個体、富山県平村大崩島の25個体を計測に用いた。また、トウオオバコ2倍体は神奈川県三浦市城ヶ島の32個体、富山県新湊市海王町の35個体を計測に用いた。トウオオバコ6倍体は新潟県能生町能生の80個体、富山県新湊市海王町の34個体を計測に用いた。それぞれの個体について、葉身長、葉幅、葉身+葉柄長、花茎長、花穂長、萼片長、萼裂片の切れ込みの深さ ( 萼裂片長 )、1さく果あたりの種子数、さく果の上蓋の高さと直径、種子長と種子幅、種子100粒の生重量と乾燥重量の14の形質を測定した。
 オオバコの4倍体と6倍体を比較すると、葉身長 ( 4倍体,6.7±3.3B;6倍体,8.3±3.1B )、葉幅 ( 4倍体,3.9±1.1B;6倍体,4.1±2.0B )、葉身+葉柄長 ( 4倍体,12.0±3.3B;6倍体,14.4±7.0B )、花茎長 ( 4倍体,18.9±5.0B;6倍体,29.8±9.3B )、萼片長 ( 4倍体,2.6±0.2@;6倍体,2.8±0.2@ ) など、いずれも6倍体には、より大きなものがあり、葉幅/葉身長は4倍体では0.58±0.1、6倍体では0.49±0.1であることから、4倍体に比べて6倍体は葉が細長いことが明らかになった。種子数 ( 4倍体,4.7±1.2個;6倍体,6.6±1.3個 ) では6倍体が4倍体に比べ多い傾向が見られた。
 トウオオバコの2倍体と6倍体を比較すると、種子長 ( 2倍体,1.2±0.1@;6倍体,1.6±0.2@ )と種子幅 ( 2倍体,0.7±0.1@;6倍体,0.9±0.1@ ) は2倍体の方が小さく、1さく果あたりの種子数 ( 2倍体,8.7±2.4個;6倍体,6.0±1.7個 ) は、2倍体が多かった。また、さく果の上蓋は2倍体では半円形で、6倍体は円錐形であり、2倍体と6倍体とでは明確に区別できた。
 トウオオバコには、花茎が枝状に分岐する特徴を持つ品種ヤツマタオオバコが存在し、染色体数は2n=36であることが知られている ( SINOTO1929,ONO 1953,FUJIWARA 1956a )が、FUJIWARA ( 1955a ) は、花茎が分岐しない6倍体が存在することを報告している。今回、富山県新湊市海王町で採集したトウオオバコ6倍体をみると、約10%の花茎が分岐し、ヤツマタオオバコであった。観察を行ったトウオオバコ6倍体のすべてについてのアロザイム酵素多型解析の結果、それらは無配生殖によって増殖したことがWATANABE ( 未発表 ) によって示されている。さらに、新潟県能生町能生産のトウオオバコについても同様に無配生殖によって増えた集団であることが示されている。従って富山県新湊市海王町産については、無配生殖によって増えた個体群のうち、何らかの要因で花茎が分岐した個体がヤツマタオオバコであることが明らかになった。トウオオバコの6倍体はオオバコに酷似しており、2倍体トウオオバコと4倍体オオバコの染色体数を合わせた染色体数を持つことから、2倍体のトウオオバコと4倍体のオオバコの双方の染色体を持つ6倍体植物ではないかと考えられる。
 トウオオバコの6倍体は、オオバコの6倍体とは生育地が異なってはいるが、大きく、葉に厚みがあるなど、両者は形態がよく似ている。今回の計測部位では、ほとんどの部位について明確な区別点は認められなかったが、萼裂片長/萼片長の値がオオバコの6倍体では0.62±0.04で、トウオオバコの6倍体では0.73±0.07と、萼片の切れ込みがトウオオバコの6倍体の方が深く切れ込んでいるという点で区別された。