イノコズチ属3分類群の染色体数とシロバナサクラタデの倍数性

吉田 知樹(平成16年度卒業)

要旨


 イノコズチ属はヒユ科の多年生草本で、日本では3種3変種が知られている。そのうち、本州にはヤナギイノコズチ(Achyranthes longifolia (Makino) Makino)、ヒカゲイノコズチ(A. bidentata (Blume) var. japonica Miq.)、ヒナタイノコズチ(A. bidentata Blume var. tomentosa (Honda) Hara)の3分類群が広く分布している。日本のイノコズチ属では、モンパイノコズチ(2n=42、84)とケイノコズチ(n=14)を除き染色体数が知られていない。本研究ではヒナタイノコズチ、ヒカゲイノコズチ、ヤナギイノコズチの3分類群の染色体数を明らかにした。
 材料には、ヒナタイノコズチは茨城県・鹿児島県・神奈川県・岐阜県・滋賀県・静岡県・東京都・栃木県・富山県・長野県・新潟県・山形県・山梨県内の28カ所から71個体を採集した。ヒカゲイノコズチは鹿児島県・岐阜県・滋賀県・富山県・和歌山県内の10カ所から18個体を採集した。ヤナギイノコズチは富山県内の4カ所から27個体を採集した。
観察を行った結果、ヒナタイノコズチ、ヒカゲイノコズチ、それにヤナギイノコズチの3分類群は全て2n=42だった。また、染色体の大きさにも顕著な違いはみられなかった。この属では染色体基本数はx=7とされている。したがって今回観察を行った3分類群は全て2n=42の六倍体であり、倍数性は認められなかった。
シロバナサクラタデ(Persicaria japonica (Meisn.) H. Gross)はタデ科の多年生草本で日本列島・朝鮮南部・中国に広く分布している。異形花柱性種で長花柱型と短花柱型に分けられる。染色体数は2n=40、44、49、50が報告されている。本研究ではシロバナサクラタデの花型と染色体数はどのように関係しているのかを明らかにするために、花型と染色体数について観察を行った。
材料には、長花柱型は滋賀県・富山県・山口県内の6カ所から20個体を採集した。短花柱型は滋賀県・富山県・山口県内の15カ所から77個体を採集した。
観察の結果、長花柱型は2n=20が富山県内で1個体、2n=30が滋賀県内の1カ所で2個体、2n=40が富山県内の1カ所で2個体、2n=60が山口県と富山県あわせて3カ所で15個体観察された。短花柱型は2n=30が滋賀県内の1カ所で4個体、2n=40が山口県内の2カ所で5個体、2n=50が山口県、富山県、滋賀県の合計11カ所で66個体、2n=60が山口県内の1カ所で2個体観察された。今回の観察において2n=20,30,60が新たに見つかった。シロバナサクラタデには自家不和合性があり、また長花柱型同士や短花柱型同士の個体では交配しないことが知られている。このことから三倍体は二倍体の非還元配偶子形成により、または二倍体の短花柱型と四倍体の長花柱型もしくは二倍体の長花柱型と四倍体の短花柱型の交配で生じたと考えられる。また五倍体は四倍体の短花柱型と六倍体の長花柱型もしくは四倍体の長花柱型と六倍体の短花柱型の交配によって生じたと考えられる。短花柱型・長花柱型の両方で三倍体(2n=30)、四倍体(2n=40)、六倍体(2n=60)の倍数体がみられた。なお、今回もっとも観察数個体数が多かった五倍体では長花柱型はみつかっていない。ところで花型と染色体数の関係は、アリドオシ(Damnacanthus iudicus Gaertn. f.)について二倍体と四倍体で花型が異なっており、四倍体が北方に分布している傾向があるという報告がある。また、本研究室の高島はフキ(Petasites japonicus Maxim. var. japonicus)の倍数性と性表現の関係を調査したが、それらの間に関係を認めることができなかった。シロバナサクラタデでは三倍体、四倍体、六倍体で両方の花型が存在したことから、フキと同じく倍数性と花型は関係ないと考えられる。本研究では山口県・滋賀県・富山県でしか採集できていないので倍数体の分布、花型の分布についてはより広い範囲での調査が必要である。また、今回観察した97個体中66個体が五倍体で、富山県、滋賀県、山口県の調査した全ての県でみられ、その五倍体がすべて短花柱型であったことはこの植物の花型の決定を考える上で興味深く、今後さらに調査を行う必要がある。