2008年度 第二回 細胞生物学セミナー
日時:5月20日(火) 17:00〜
場所:総合研究棟6階 クリエーションルーム
 
Ethylene modulates stem cell division in the Arabidopsis thaliana root
 
Ortega-Martínez O., Pernas M., Carol R J.,  Dolan L.(2007)
Science, 317: 507 - 510.
 
エチレンはシロイヌナズナの根において幹細胞の分裂を調節する
 
 多細胞性の陸上植物の体は、幹細胞を含んだ分裂細胞の集団である分裂組織に由来するが、その分裂組織の細胞が由来するのは、根においては静止中心(QC)と呼ばれる4つの細胞のグループである。QCが分裂し根の組織系にある全ての細胞を生み出せることはクローン解析により明らかにされている。さらにQC細胞は隣接する始原細胞の分裂を促進し、末端の始原細胞の分化を抑制するシグナルを発することが知られている。このようにしてQC細胞と周囲の始原細胞は幹細胞ニッチを構成していると考えられている。
 本研究では幹細胞ニッチにおいて細胞増殖を制御する遺伝子を同定するために、筆者らはQCの細胞分裂が非制御である分裂組織の検出により変異体をスクリーニングした。その結果、QC細胞が異常な分裂をしている二つの変異体E6263E4510が同定された。ポジショナルクローニングによりこれらの変異の原因遺伝子がAt3g51770であることが決定された。At3g51770はエチレンオーバープロデューサー1(ETO1)をエンコードし、その機能欠損型変異体eto1はエチレンを過剰産生することが知られている。これらのデータはエチレンがQCの細胞分裂に関与することを示す。しかしETO1がエチレン産生に関与しないタンパク質の分解を調節することによりQCの分裂を制御している可能性があるため、エチレンの実験的操作によるQC細胞の制御を筆者らは試みた。2アミノエトキシビニルグリシン(AVG)によりeto1変異体のエチレン生合成を阻害したとき、QCの異常分裂は抑制された。またエチレン前駆体1-アミノシクロプロパン-1- カルボン酸(ACC)を野生型に与えたとき、QC細胞の分裂が誘導された。
 エチレン誘導により分裂した細胞(QC余剰細胞)のアイデンティティを調べるため、eto1変異体とACC処理を行った野生型において、筆者らはQCで発現するいくつかの遺伝子の発現を定量した。その結果、両方の植物体のQC余剰細胞がQCで発現する遺伝子を発現し、QCと同じアイデンティティを持つことがわかった。さらにQC余剰細胞がQCの機能を持つか否かを明らかにするため、QCとともに分裂組織を構成するコルメラ始原細胞の分裂を調べた。コルメラ細胞には存在するがコルメラ始原細胞にはないデンプン粒を染色するルゴールにより、QC余剰細胞を持つ根を染色しコルメラ始原細胞を同定した結果、QC余剰細胞はコルメラ始原細胞に対して正常に機能を果たす事が示された。
 以上の結果からエチレンは根の幹細胞の分裂と静止状態の間のバランスを決定している事が示された。エチレンは環境の受容と伝達の役割をもち、内因性と外因性の発達のどちらによっても調節される胚以降の発達の面で影響する可能性がある。このQCの分裂を調節するエチレンが媒介することで内外因性シグナルが統合される仕組みは環境がどのように植物の胚以降の幹細胞の分裂と活性を調節するかを説明する魅力的な分子フレームワークである。
 
ご興味をお持ちの方はお気軽にご来聴ください。
前田綾子