2009年度前期 第9回 細胞生物学セミナー
日時:7月21日 (火) 16:00~
場所:総合研究棟6階 クリエーションルーム
Measurement of diffusion within the cell wall inliving roots of
Arabidopsis thaliana
Kramer, E. M. , Frazer, N. L. , Baskin, T. I. (2007)
Biology
Department, University of Massachusetts, Physics Department,
Simon’s Rock College
J. Exp. Bot. 58. :3005-3015.
シロイヌナズナの生きている根での細胞壁内拡散の測定
植物の成長や発達は、単糖やアミノ酸、ホルモンを含む小さな有機分子とイオンなどの物質の細胞壁透過性に強く影響される。これらの物質の輸送には、師部や木部の維管束組織を通して行われる長い輸送行程と、細胞と細胞の間のアポプラストなどを通して行われる短い輸送行程の2種類ある。アポプラストを通して行われる短い輸送行程は、細胞壁や液体で満たされた細胞と細胞との間のスペースを通した拡散などによって輸送が行われる。このアポプラストは複雑で階層的な材質からなるため、アポプラストを通した輸送行程を定量的に研究することは難しい。
主要な植物ホルモンであるオーキシンは、細胞を経る経路、すなわち細胞内からアポプラストに出て再び細胞内に入る経路により輸送される。近年、オーキシンの輸送は計算機を用いたなモデルの対象とされ、多くの研究者によって検討されてきた。これらのモデルの多くはアポプラストを通して行われる輸送をほとんど無視しているが、いくつかのモデルはオーキシンがアポプラストを通した輸送行程で相対的に長い距離 (>10 μm) を拡散できる可能性を示した。これらのことから、細胞壁内の定量的な拡散係数を検討し、正確なモデルを得ることが必要であると考えられる。
そこで本研究では、インタクトのシロイヌナズナの根をカルボキシフルオレセイン(CF)水溶液で染色し、コンフォーカル顕微鏡で観察、細胞壁内のCFの拡散係数Dcwを測定した。測定は蛍光退色後回復測定(FRAP)(細胞局所に強い励起光をあてて、その部位の蛍光物質を退色させ、その後の蛍光の回復を測定する)と蛍光染色後に染色剤を含まない液で灌流し蛍光の損失を測定する方法の2つの手法を用いた。拡散係数は、蛍光の減衰の動態解析およびアポプラスト形状のモデリングから求めた。アポプラスト拡散定数は根において位置により変化した。根の伸長ゾーンや成熟した皮層では、Dcwは(3.2±1.4)×10FSとなった。一方、成熟した表皮ではDcwは(2.5±0.7)×10FSとなり、後者では前者と比べて少なくとも一桁Dcwが小さかった。これらの値は水中におけるCFの拡散係数と比較して、それぞれおよそ1/15、1/195であった。成熟した表皮における拡散係数の低さは、表皮に存在する透過性バリアが原因だと考えられた。この透過性バリアは、カスパリー線と化学的に似ている疎水性物質が原因であることが以前に報告されている。そこでシロイヌナズナの根を、一般的にスベリン染色に用いられているベルベリンで染色した。ベルベリンは、内皮のカスパリー線とスベリンラメラ、成熟したゾーンの表皮の細胞壁を染色した。またスベリン様化合物は、青色光または紫外線下で自家蛍光を発する。488 nm励起で内皮のカスパリー線やスベリンラメラ、成熟ゾーンの表皮の壁は自家蛍光を発したが、木部導管は自家蛍光を発しなかった。従って、表皮細胞壁は化学的にスベリンに似た成分を持つ透過性障壁を含むと考えられる。
本研究はオーキシンや他の植物ホルモンを含む低分子の有機酸の植物細胞壁における透過性についての定量的な推測を提供した。以上の測定は溶質輸送のモデルを限定するとともに、植物の成長や発達の間に関与するホルモンシグナリングの定量的なモデル構築のために重要である。
興味を持たれた方は、是非ご来聴ください。 岡本 絵美