2012年度　第1回　細胞生物学セミナー

日時：5月15日（火）17:00～

場所：総合研究棟6階クリエーションルーム

Differentiation of Mucilage Secretory Cells of the Arabidopsis Seed Coat

Western, T. L., Skinner, D. J., Haughn, G. W.（2000）

Plant Physiol. 122 : 345-356

シロイヌナズナ種皮のムシゲル分泌細胞の分化

　被子植物の種皮はいくつかの層状の組織から形成されており、胚を保護する役割を担っている。種皮は未受精の胚珠を覆う珠皮に由来し、受精時に分化する。ある種において種皮は特異な形態を持ち、シロイヌナズナを含むアブラナ科の種子は種皮の表皮細胞に粘液質の多糖類であるムシゲルを持つ。ムシゲルは一般的に根の先端部に存在し、根端を乾燥から防ぐ役割を持っている。ムシゲルの主成分のペクチンは酸性多糖のポリガラクツロン酸（PGA）やラムノガラクツロナン�氈iRG�氈jからなり、これらの多糖はゴルジ体内で合成され、小胞のエキソサイトーシスを介して細胞壁へと運ばれる。一方でシロイヌナズナ種子の種皮に含まれるムシゲルは、水分を吸収した際に表皮細胞から放出され種子を覆う。しかし、その分泌の機構、組成、種子へ与える影響は明らかにされていない。

本研究では、シロイヌナズナ種子におけるムシゲル分泌の機構や種子へ与える影響を調べるため、光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いてシロイヌナズナの珠皮および種皮の表皮細胞の観察を行った。まず、酸性多糖を染色するルテニウムレッド水溶液に種子を浸し観察したところ、種子の周りに赤い染色が見られた。また、走査型電子顕微鏡下で吸水前のシロイヌナズナ種子を観察したところ、表皮細胞に火山状の構造（コルメラ）がみられ、吸水した種子ではコルメラはフィルム状の物質に覆われていた。このことから、種子の吸水時にはムシゲルが種皮の表皮細胞のコルメラの周りに存在すると示唆される。次に、ガスクロマトグラフィーを用いてシロイヌナズナ種子に含まれる多糖の検出を行った。その結果、ペクチンの主成分であるPGAやRG�氓ﾉ含まれるラムノース、ガラクツロン酸が検出され、シロイヌナズナ種子に含まれる多糖はペクチンに近い組成であることが示された。次に、受粉してから種子形成が完了する約18 日後までの胚および種子の表皮細胞を1 日おきに固定・樹脂包埋し、光学顕微鏡、透過型電子顕微鏡（TEM）を用いて観察した。その結果、受粉してから3 日後（3 DAP）の表皮細胞には球状の含有物が見られた。デンプンを持たない変異体であるpgm 1には同様の細胞内含有物はみられなかったことから、この球状の細胞内含有物はデンプンを含むアミロプラストであることが示唆された。7 DAPの表皮細胞では、アミロプラストの増加、および細胞膜と細胞壁の間にルテニウムレッドによる酸性多糖の染色がわずかにみられた。TEMによる観察も行ったところ、細胞質には小胞に囲まれたゴルジ体がみられた。10 DAPの表皮細胞では、酸性多糖の染色が最も濃く現れ、アミロプラストは減少し、細胞の中心には新しい細胞壁で作られた柱状の構造（カラム）がみられ、TEMによる観察では、ゴルジ体の周りにはほとんど小胞がみられなかった。このことから、ゴルジ体で生産されたムシゲルは小胞輸送により細胞膜と細胞壁の間に運ばれ、10 DAPにはほぼ完了すると示唆される。また、ムシゲル生産時にアミロプラストが増加していたことから、ムシゲル生産にはアミロプラストが関与している可能性が考えられる。13 DAPの表皮細胞では、外側の接線壁の崩壊、カラムと内側の接線壁の融合によるコルメラの形成、その周りに酸性多糖の染色がみられた。18 DAPの表皮細胞では、トルイジンブルーによる青緑の染色がみられたためリグニンの存在が確認された。このことから、細胞膜と細胞壁の間に蓄積したムシゲルの放出により表皮細胞は崩壊し、それによりコルメラは形成されると推察される。また、ムシゲルに含まれるペクチンは非常に親水性が高いため、種皮の吸水により膨張し、表皮細胞の接線壁が崩壊したと考えられる。加えて、このムシゲル放出後の表皮細胞には二次細胞壁に含まれているリグニンがみられたことから、ムシゲル放出は二次細胞壁の形成に関与している可能性が示唆される。

興味を持たれた方は、是非ご参加ください。　　栗林剛正