2013年度後期　第7回　細胞生物学セミナー

日時：12月3日（火）17:00～

場所：総合研究棟6階クリエーションルーム

High-resolution secondary ion mass spectrometry reveals the contrasting subcellular distribution

of arsenic and silicon in rice roots

Moore, K. L., Schröder, M., Wu, Z., Martin, B. G.H., Hawes, C. R., McGrath, S. P., Hawkesford, M. J.,

Ma, J. F., Zhao, F., and Grovenor, C. R.M. (2011)

Plant Physiol. 156：913-924

高分解能二次イオン質量分析法によりイネの根におけるヒ素とケイ素の対照的な細胞内分布が明らかとなった

　近年、バングラディッシュや西部ベンガル、インドの広域で地下水のヒ素汚染が報告され、主食であるイネを介したヒ素の摂取による人への健康被害が問題となっている。ヒ素汚染された水による湛水土壌においては、ヒ素は亜ヒ酸塩となっており、イネは根に存在する輸送体であるLsi1とLsi2を通してこれを吸収する。アクアポリンであるLsi1とLsi2は主にケイ酸を取り込む輸送体で、亜ヒ酸塩などの低分子も通す。どちらの輸送体もイネの根においてカスパリー線を形成する内皮と外皮の細胞に局在する。イネの根においてケイ素は細胞壁に優先的に蓄積することが分かっているが、植物体にとって有毒なヒ素の細胞内の蓄積は明らかでない。同じ経路で輸送される亜ヒ酸塩とケイ酸の細胞内分布を明らかにすることは、イネにおけるヒ素の解毒の仕組みを知る上で重要である。また、イネは根圏へ酸素を放出し、根圏の有害な二価鉄を毒性の低い三価鉄へ酸化する。それにより根の表面に三価鉄の被膜（鉄プラーク）を形成し有毒物質の吸収を防いでいる。先行研究において鉄プラークは根のヒ酸塩の吸収は減少させたが、亜ヒ酸塩の吸収は増加させたことが分かった。しかし、鉄プラークがイネにおけるヒ素の蓄積に与える影響は明らかになっていない。本研究では、二次イオン質量分析法（SIMS）を用いる装置の中でも、高感度の元素マッピングと微量元素分布の視覚化を行うことができる二次元高分解能二次イオン質量分析装置（nanoSIMS）を使用し、イネの根におけるヒ素とケイ素の細胞内分布の調査と、鉄プラークの形成及びLsi2の機能欠損によってヒ素とケイ素の局在がどのような影響を受けたかを明らかにすることを目的とした。

　野生型のイネ（Oryza sativa L. cv. Taichung 65）とケイ素の吸収に異常がみられるlsi2変異体を使用した。イネの芽生えを3週間生育させ、鉄プラークの形成を誘導するために、イネの芽生えを一晩脱イオン水につけ、24時間2mMのFeSO₄で処理した。また、FeSO₄で処理していないイネを対照区とした。そして、2日間1 mMのケイ酸で処理した後に3日間ヒ素で処理した芽生えと、2週間ヒ酸塩と同時にケイ酸で処理した芽生えを用意した。これらの処理をしたイネの根から試料を切り出し、加圧凍結装置を用いて凍結した後、凍結置換法により試料を固定し、樹脂包埋を行った。そして、1 µmの厚さの切片を作成しnanoSIMSを用いて解析した。

　NanoSIMSの解析結果では、ケイ素はlsi2変異体と野生型において、一部の内皮の細胞壁に局在した。ヒ素はヒ酸塩処理したlsi2変異体の若い部位において内皮の液胞で多くの蓄積がみられたが、野生型においては蓄積が少なかった。いずれにおいても内皮の細胞壁にケイ素の局在が見られた。ヒ酸塩と同時にlsi2変異体をケイ酸処理した場合は、若い部位では内皮のすぐ内側の内鞘の液胞においてヒ素が蓄積した。このとき内皮の細胞壁にケイ素の局在は見られなかった。また、ヒ素は野生型とlsi2変異体において木部の柔組織細胞の液胞に蓄積した。また、鉄プラークはいずれにおいても表皮においてヒ素の蓄積と一致していた。

以上の結果より、lsi2変異体においてヒ素は根から内皮の液胞へ輸送し隔離され、野生型においてヒ素は中心柱へ輸送されたため内皮の液胞で蓄積が見られなかったと考えられる。また、ケイ素が細胞壁に蓄積したことは先行研究における結果を支持すると言える。そして、表皮において鉄プラークとヒ素の蓄積が一致していたことは、ヒ素が水中で溶出した無機ヒ素であるAs(�｡)とAs(V)が鉄プラークへ吸着したためだと考えられ、鉄プラークは有毒なヒ素の吸収を阻害していることが示唆された。

興味をもたれた方は是非ご参加ください。　　　　堀田彩織