2013年度後期　第9回　細胞生物学セミナー

日時・場所：12/17（火）17:00~・総合研究棟6階クリエーションルーム

Process of aerenchyma formation and reactive oxygen species induced by waterlogging in wheat seminal roots

Xu, Q.T., Yang, L., Zhou, Z.Q., Mei, F.Z., Qu, L.H., Zhou, G.S. (2013)

Planta 238: 969-982

コムギの種子根において冠水により誘導された通気組織形成過程と活性酸素種

　冠水した土壌における低酸素ストレスは、植物の成長を制限するため、農作物の収穫量を減少させる重大な要因となる。その冠水環境に馴化するために、湿地性植物は根や茎に通気組織と呼ばれる空隙を形成する。通気組織はシュートから根へ酸素を効率良く供給するための経路となり、植物の冠水耐性に寄与している。コムギは、冠水条件下において通気組織が根の皮層細胞の細胞死によって形成されることが知られていて、その形成過程はプログラム細胞死（PCD）であることが先行研究によって示唆されたが、そのPCDを制御する遺伝子は明らかとなっていない。また、植物における細胞死のシグナルとして、活性酸素種（ROS）が関わることが知られている。通気組織形成に関しても、いくつかの先行研究によって、形成時の細胞死にROSが関わることが示されているが、通気組織形成とROSとの詳細な関係は明らかではない。そのため本研究では、コムギの根における詳細な通気組織形成の過程を知るために、細胞死を起こした皮層細胞の特徴についての調査を行うと共に、通気組織形成時の細胞死におけるROSの関与を、組織化学的および分子生物学的な手法を用いて調査した。

　コムギ（Triticum aestivum L. cv. Huamai 8）の芽生えを、5日間好気条件下で生育させ、その後冠水処理を行ったコムギを冠水処理区、冠水処理を行わずに好気条件のまま生育したコムギを対照区とした。コムギの種子根の根端から40 mmの位置における横断切片を観察したところ、対照区では通気組織は見られなかった。冠水処理区では、12時間の冠水処理を行ったコムギの根において最初に通気組織が観察され、冠水処理時間の増加にともない通気組織形成率が増加したことから、冠水により通気組織形成が誘導されたことが確認された。次に、通気組織形成と細胞死の関係を確かめるために、根端から40 mmにおける横断切片をエバンスブルーで染色したところ、冠水処理を行っていない根では染色は見られなかったが、8時間の冠水処理を行った根の皮層細胞において染色が見られ、その染色は皮層中央部の細胞で多く見られた。これは皮層中央部の細胞において細胞死の徴候が多く見られたことを示している。そこで、皮層において細胞死が開始する詳細な位置を知るために、表皮を1層目としてそこから中心柱にかけて放射方向の皮層細胞層の2から6層目までのどの層において細胞死が多く起こっているのかを調べた。その結果、3から5層目の皮層細胞においてのみ細胞死が見られ、4層目において最も細胞死が見られる頻度が高かった。また、透過型電子顕微鏡を用いて8時間冠水処理を行った根の皮層細胞の微細構造を観察したところ、膜陥入、アポトーシス様小胞、ミトコンドリアの分解のような、アポトーシス性の細胞死に見られる特徴が見られ、先行研究における観察結果と一致した。

　続いて、通気組織形成時の細胞死とROSの関係について調べるために、4時間の冠水処理を行った種子根の根端から40 mmの位置における横断切片を作製し、H₂O₂を検出するための3,3-ジアミノベンジジンによる染色またはスーパーオキシドアニオン（O^･-）を検出するためのニトロブルーテトラゾリウムによる染色を行い、光学顕微鏡を用いて観察した。また、ROS（H₂O₂およびO^･-）の蛍光プローブである2’,7’-ジクロロジハイドロフルオレセイン二酢酸塩でROSを検出し、蛍光顕微鏡下で観察した。いずれの観察においても、ROSは皮層中央部の細胞において多く検出された。さらに通気組織形成に関係したROS蓄積における遺伝学的な制御について知るために、リアルタイムPCRにより、冠水処理区のコムギの根においてROSの生成を行う酵素（manganese superoxide dismutase, MnSODとNADPHオキシダーゼ）またはROSの除去を行う酵素（metallothionein, MTとcatalase, CAT）をコードする遺伝子の相対的な発現量を定量した。その結果、MnSODとNADPHオキシダーゼにおいては、冠水処理前（0時間）と比較して12時間の冠水処理を行った根において最も発現量が増加し、12時間の冠水処理と比較して24時間または48時間の冠水処理を行った根において発現量が減少した。対照的にMTとCATにおいては、冠水処理前（0時間）と比較して12時間の冠水処理を行った根において最も発現量が減少し、12時間の冠水処理と比較して24時間または48時間の冠水処理を行った根において発現量が増加した。

これらの結果より、冠水により誘導されたコムギの種子根における通気組織形成時の細胞死は皮層中央部、特に5層目の細胞で最初の細胞死が起こることが示された。また、冠水処理を行った根の皮層中央部の細胞におけるROSの蓄積は、ROS生成または除去遺伝子の発現制御により引き起こされ、ROSが通気組織形成に関わっていることが示唆された。

興味を持たれた方は是非ご参加ください。　　松澤勇介