2013年度前期　第4回　細胞生物学セミナー

日時：6月4日（火）17:00~

場所：総合研究棟6階クリエーションルーム

Effects of ethephon on aerenchyma formation in rice roots

Kong, Y., Wang, Z., Chen, J., Pan, X., Liu, D., Zhang, E. (2009)

Rice Science 16: 210–216

イネの根の通気組織形成に対するエテフォンの影響

植物の通気組織は、根の皮層などに細胞死によって生ずる空隙である。根の好気呼吸を維持するために、通気組織は、酸素不足の状態となる冠水環境下においてシュートから根へ酸素を輸送するための経路となる。通気組織形成における多くの先行研究によって、植物ホルモンのエチレンは通気組織の発達に影響する重要なシグナルであり、通気組織形成はエチレンまたは低酸素によりコントロールされているプログラム細胞死特有の過程であることが示唆された。これまで、トウモロコシおよびコムギを含む畑作物における通気組織誘導について多くの報告がなされているが、イネなどに見られるように、冠水環境下のみならず好気条件下においても構成的に形成される通気組織の研究は余り進んでいない。構成的な通気組織形成がエチレンによる影響を受けるか否かはまだ明らかでなく、議論の余地を残している。また通気組織形成時のプログラム細胞死には活性酸素種（ROS）が関わっていると考えられているが、ROS発生とエチレンの関係も未だ明らかとなっていない。本研究では、構成的な通気組織形成におけるエチレンの役割について、植物体内に浸透してエチレンを発生させる化合物であるエテフォンで処理したイネの根を用いて、形態および分子レベルでの解析を行った。

イネの栽培品種であるYangdao 6（Oryza sativa L. subsp. indica cv. Yangdao 6）を0、0.4、4、40、または400 mg/Lの各濃度のエテフォンで2日間処理し、根長と側根・不定根の数の計測、蛍光顕微鏡による切片観察、NBT還元法によるスーパーオキシドジスムターゼ（SOD）活性の試験を行った。SODはROSの一種であるスーパーオキシド（O₂^-）をH₂O₂とO₂に不均化することで生体内のO₂^-を低いレベルに維持しており、ROSから細胞を保護する酵素として重要である。エンド型キシログルカン転移酵素（XET）は細胞壁を緩ませる働きを持ち、トウモロコシの通気組織形成に関わっていると考えられている。そこで、100 mg/Lのエテフォンで2日間処理したイネの根と非処理の根において、XET遺伝子の発現の検出および微細構造の観察を行った。

その結果、0.4 mg/Lのエテフォン処理により、根の伸長と側根の発達が促進された。4 mg/Lのエテフォン処理により不定根の発達が促進されたが、根の伸長と側根の発達は阻害された。40 mg/L以上のエテフォン処理により根の伸長および不定根と側根の発達は阻害された。そして根端から20 mmの位置における切片の観察では、皮層における通気組織の数はエテフォンの濃度が上昇するにつれ増加した。SOD活性はエテフォン濃度が高くなるにつれて低下傾向を示した。また、根を根端から10 mmまでとそれよりも基部側の2つの部位に切り分け、それぞれの部位においてRT-PCRによりXET遺伝子の発現レベルを調べた。XET遺伝子は両方の部位において発現し、根端から10 mmまでの部位における発現レベルは基部側よりも低く、エテフォン処理の根においては非処理の根よりも高かった。根端から10 mmまでの位置における超薄切片を、透過型電子顕微鏡を用いて観察した結果、エテフォン処理をした根の皮層細胞の微細構造は、非処理の根と比較して明らかに異なっていた。エテフォン存在下では早期の皮層細胞死が観察された一方で、ミトコンドリアは、皮層細胞死の最後の段階までインタクトのまま残された。

　エテフォンの濃度が高いほど通気組織が発達したため、エテフォンにより生じたエチレンが構成的な通気組織の形成を促進させたと考えられる。またXET遺伝子の発現レベルは、通気組織がより発達した基部側で高く、エテフォン処理をした根でさらに高かったことから、XET遺伝子の発現はエチレンによって制御され通気組織形成に関わることが示唆された。エテフォンによりSOD活性が減少傾向を示したことから、エチレンは活性酸素種に対する細胞の防御機構に影響を与えた可能性が示唆された。

興味を持たれた方は是非ご参加ください。　　松澤勇介