2014年度後期 第9回 細胞生物学セミナー(唐原研究室)
日時・場所:12月9日(火)17:00~・総合研究棟6階クリエーションルーム
Emerging roots alter epidermal cell fate through mechanical and reactive oxygen species signaling
Steffens, B., Kovalev, A., Gorb, S. N., Sauter, M.(2012)
Plant Cell 24: 3296-3306
新たに出現する根は機械的シグナルと活性酸素種シグナルを通じて表皮細胞の運命を変える
イネ科植物は生育初期において種子根を主体とする根系を発達させるが、その後の成長過程において茎の節から不定根が生じることで、不定根を主体とした根系へと移行する。また、深水イネにおいては冠水などの低酸素ストレスに曝されたとき不定根の伸長が誘導される。イネにおいて不定根の出現は、不定根原基に重なる位置の表皮細胞の細胞死によって先行される。先行研究において、この細胞死応答が、出現する不定根の根端へのダメージを防ぐという仮説が立てられた。また、表皮の細胞死は不定根原基の伸長と同様にエチレンによって制御され、シグナル伝達は活性酸素種(ROS)に媒介されることが分かっている。不定根の伸長と表皮細胞死が同じシグナルによって制御されることは、不定根の伸長を表皮細胞死と協調させるために有効である。この位置の表皮細胞において厳密に制限される細胞死がどのような空間的な位置決定を受けるのかを明らかにするために、位置決定のシグナルを特定することを本研究の目的とした。そして、不定根原基が表皮の細胞死の運命を決定するシグナルを送り、そのシグナルが不定根伸長時に生じる機械的な力ではないかという仮説を立て、その検証を行った。
実験の材料として、深水イネ(Oryza sativa L. ssp. indica cv. PG56)を用いた。このイネの種子を発芽させ、12-18週間生育させた後、長さが20 cmの二次節と三次節を含む茎の切片を切り出して以下の実験に用いた。また、表皮細胞死の検出のためにエバンスブルーを用いた染色を行った。
PG56における不定根出現により発生する機械的な力を計測するために、フォーストランスデューサーを用いた。茎の切片において150 µMのエテフォンの処理を行ったところ、30分間で15ミリニュートン(mN)の力を発生させ、7時間で58 mNまで増加した。未処理の対照区における力の値は、7時間を通して低いままであり、15 mNを超えなかった。また、エチレン誘導性の不定根出現による力の発生とROSの生成との関連の有無を調査するために、ROS発生の働きを持つNADPHオキシダーゼの阻害剤であるジフェニレンヨードニウム(DPI)処理を行った。エテフォン処理の前に1 µMのDPIによる予備的な処理を行ったところ、エチレン依存性の力は消失した。このことより、エチレンはROSの媒介によって不定根の伸長を促進させることが示唆された。次に、不定根の模型を作製しフォースセンサーの先に取り付け、不定根原基に重なる位置の表皮に外側から力を2時間加えた。58.88 mNの力を加えたとき、表皮細胞死が100%の表皮部分において誘導された。また、機械的刺激による細胞死誘導とエチレンまたはROSの関係を調べるために、エチレンの作用を阻害剤である1-メチルシクロプロペン(1-MCP)またはDPIによる予備的な処理を行った。58.88 mNの力によって誘導された表皮細胞死は、1 ppmの1-MCPで阻害され、1 µMのDPI処理によって部分的に阻害された。それは機械的刺激によるシグナル伝達においてROSが関わっていることを示唆している。さらに、機械的シグナルと化学的なシグナルが特定の細胞における細胞死を引き起こすか否かを調査するために、通常は細胞死を起こさない表皮細胞へそれらの刺激を与えた。エテフォン処理は表皮細胞死を誘導せず、58.88 mNの力を加えたときはわずかな細胞死を誘導した。58.88 mNの力と150
µMのエテフォンの同時処理は、4時間後には約100%の細胞死を引き起こし、それは両方のシグナルが相乗的な様式において作用することを示した。根の原基に重なる位置の表皮細胞を観察すると、誘導された細胞死は力を加えた領域に限られていた。さらに、ROSがシグナルとして作用するか否かをより調査するために、ROSの除去に働くカタラーゼの阻害剤である3-アミノ-1,2,4-トリアゾール(AT)を用いた。4時間にわたる50 mMのATと58.88 mNの力の同時処理、またはATと5
ppmの1-MCPと力の同時処理のそれぞれにおいて100%の表皮部分において細胞死が誘導された。このことから、ROSがエチレンの下流で働くことが示唆された。以上の結果より、表皮細胞死はROSに媒介されるエチレンシグナルと機械的シグナルの両方によって二重に制御されていることが示唆された。
興味をもたれた方は是非ご参加ください。 松澤勇介