2014年度前期 第5回 細胞生物学セミナー

日時・場所:6/10(火)17:00~・総合研究棟6階クリエーションルーム

Ethylene and reactive oxygen species are involved in root aerenchyma formation and

adaptation of wheat seedlings to oxygen-deficient conditions

Yamauchi, T., Watanabe, K., Fukazawa, A., Mori, H., Abe, F., Kawaguchi, K., Oyanagi, A., Nakazono, M 2014

J. Exp. Bot. 65: 261–273

エチレンと活性酸素種はコムギの芽生えにおける根の通気組織形成と酸素不足条件への順応に関与する

 

 雨や灌漑によって排水性の悪い土壌が水浸しになると、根が酸欠状態に陥ることで陸生植物の成長は制限されるため、土壌における低酸素ストレスは農作物の収穫を減少させる重大な要因である。コムギやトウモロコシなどの植物は低酸素条件に曝されると、2種類のエタノール発酵酵素[アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)とピルビン酸デカルボキシラーゼ(PDC)]をコードする遺伝子の発現を増加させるなどの順応応答を示す。またいくつかのイネ科の植物は、根に通気組織と呼ばれる空隙を形成することでシュートから根端部へ酸素供給を促進している。湿地性植物であるイネは構成的に通気組織を形成するが、コムギやトウモロコシでは湛水条件下においてのみ形成が見られる。イネやトウモロコシを用いた先行研究によって、植物ホルモンであるエチレンが通気組織形成を促進させることや、植物における細胞死のシグナルである活性酸素種(ROS)が通気組織形成に関わっていることが示唆されている。本研究ではコムギにおいて、根の通気組織形成と酸素不足条件への順応反応に対するエチレンとROSの影響を調査した。

 コムギ(Triticum aestivum L. cv. Bobwhite line SH 98 26)の種子を滅菌し発芽させ、好気条件下で5日間生育させた。その後、エチレン前駆体である1-アミノシクロプロパンカルボン酸(ACC)で予備的に処理を行うか(+ACC)、または対照区としてのACC処理を行わず(-ACC)、芽生えを2日間生育させた。そして通気した栄養液(好気条件)、または酸素不足条件としての0.1%寒天溶液を含む脱酸素化した栄養液(淀み条件)を入れたポットへ移動させて生育後に収穫し、以下の各実験で用いた。この予備的なACC処理が通気組織形成に与える影響を評価するために、14 日齢のコムギにおける一次種子根の根端から10305070 mmの位置と、根とシュートの境目から1030 mmの各位置で横断切片を作製し、光学顕微鏡下で観察し写真撮影した。そして各横断切片における通気組織の占める割合を計測した。その結果、どの位置においても+ACC処理で最も通気組織形成が促進された。次にACC処理が、一次種子根においてエタノール発酵酵素をコードする遺伝子の発現を誘導するか否かを調べるために、2種類のTaPDCAK332508BT009420)、3種類のADHTaADH1TaADH2TaADH3)の発現をqRT-PCRによって解析した。一次種子根の根端から30-50 mmにおいて、ACC処理後すぐ(0h)のTaPDCBT009420)と3種類のADHの発現レベルは、-ACCよりも+ACC処理において有意に高かった。続いて、ROS発生に関わるNADPHオキシダーゼの植物ホモログであるRespiratory burst oxidase homologue RBOH)をコードする遺伝子の発現レベルを調べるためにqRT-PCRを行った。淀み条件下においた一次種子根の根端から0-30 mm30-50 mmにおいて、TaRBOHAK334304)とTaRBOHAK334324)遺伝子の発現レベルは、0hから72時間後(72h)の間で、-ACCと比較して+ACC処理でより高く保たれた。また、上記と同様にコムギを生育させ、ACC処理と共に、NADPHオキシダーゼ阻害剤であるジフェニレンヨードニウム(DPI)での処理を2日間行い、その後淀み条件下で生育させた。そして上記と同様に、通気組織の占める割合と、エタノール発酵酵素遺伝子の発現レベルの調査を行った。その結果、0h72hにおける一次種子根の各位置での通気組織形成は、DPIの容量依存的に有意に減少した。また、0.1 µMDPI処理を行った0hのコムギにおいて、3種類のADHの発現量がDPI未処理と比較して有意に減少した。

結果として、コムギの一次種子根における通気組織形成とエタノール発酵酵素をコードする遺伝子の発現がACC処理によって促進され、DPI処理はACCによる促進効果を減少させた。これらのことから、エチレンが媒介するROSシグナルが、湛水土壌における酸素不足条件への順応応答の制御に関係することが示唆された。

興味をもたれた方は是非ご参加ください。  松澤勇介