2015年度前期 第3回 細胞生物学セミナー (唐原研)
日時:6月2日(火)17:00~ 場所:総合研究棟6階クリエーションルーム
Local root apex hypoxia induces NO-mediated hypoxic acclimation of the entire root
Mugnai, S., Azzarello, E., Baluska, F., Mancuso, S. (2012)
Plant Cell Physiol. 53: 912-920
局所的な根端部の低酸素状態は一酸化窒素によって仲介される低酸素順化を根全体において誘導する。
根は低酸素に敏感であり、土壌中の酸素含有量の減少に効率的に適応している。しかし、酸素含有量を感知している根の部位と、どのように根が低酸素に適応しているかはいまだ不明である。局所的な低濃度の酸素の感知は、土壌における低酸素濃度の植物細胞による感知の初期段階の生理学的プロセスに関する手がかりとなる。植物の根端は土壌の未踏な領域に到達しており、先行研究ではその先端部分が動的な感覚器官として作用することはほぼ確実であることが示唆された。一酸化窒素(NO)は植物体内では重要なシグナル伝達物質であり、要求に応じて効率的に生成される。NOは細胞内ではエンドサイトーシスや小胞輸送、伸長中の細胞先端部の調節、また組織、器官においては細胞死の誘導や種子発芽、気孔の調節、光合成の調節に関与している。加えて、NOは植物の環境ストレスに広範囲に応答している。しかし、植物の低酸素に対する応答の正確な役割はまだ明らかになっていない。
本研究では、トウモロコシ(Zea mays L. cv. Gritz) の根端から1~2 mmに存在する移行領域(Transition Zone (TZ) )の局所的な低酸素センシングに着目し、TZに局所的に与えられた低酸素によって根全体が順化している間に見られるTZからの局所的な一酸化窒素(NO)放出の役割について調べた。まず、周囲環境の酸素濃度のセンシングにおいて根におけるそれぞれの領域の役割を識別するために、正常な酸素状態と低酸素状態において根の各領域における酸素流入を測定した。正常な酸素状態では、TZにおいて他の領域と比べ明瞭に酸素取り込み活性の高い領域が見られた。根全体の酸素流入量の空間パターンを調べたところ、TZでピークが見られた。重要なことに、酸素流入に関しては、TZは酸素欠乏に有意に影響される唯一の根端領域であり、事実特徴的な酸素流入のピークは低酸素条件下では著しく減少していた。したがってTZは低酸素条件において、他の根端の領域に比べて急激な酸素欠乏に最も敏感であり、加えて根端中の酸素センシングにおける主要な部位の候補であることが示唆された。
NO特異的な染色剤により根を染色したところ、根端全体と特にTZの細胞でNOの生成が見られた。根の低酸素前処理の間および嫌気条件下での適応応答の促進にNOが関与するか否か調べるためにNOドナーとNO除去剤を用いて、嫌気処理前に,低酸素処理(酸素 30 nmolの低酸素に5時間)にさらした実生と、嫌気処理のみの実生を比較した。その結果、低酸素前処理した実生はほぼ全て生存したが、嫌気処理のみの実生は,48%だけの生存にとどまった。また低酸素前処理をするかわりにNOドナーを与えた実生は低酸素前処理した実生と同様に大半が生存したが、低酸素前処理とともにNO消去剤を与えた場合、嫌気処理を行わなかったにもかかわらず実生の生存率は50%であった。この結果から低酸素状態が根端からのNOの生成を促進しており、NOは低酸素および嫌気条件下での根の適応応答に関与していることが示された。
以上のことから、TZが根における低酸素の感知と低酸素状態への適応の両方において中心的な役割を果たしており、その過程にNOの生成に関わることと、根端の細胞を低酸素に曝露すると根全体が十分に低酸素順化することが本研究で見出された。システミックなシグナルが関わる未知のプロセスが、低下した酸素要求と同時に誘発されることで、根全体が低酸素順化していると考えられる。
興味を持たれた方はお気軽にご参加下さい。 北平佑貴