2016 年度後期 第 7 回 細胞生物学セミナー
日時:12 月 6 日 (火) 16:00~  場所:総合研究棟6階クリエーションルーム
Mechanical stimuli modulate lateral root organogenesis
Richter, G. L., Monshausen, G. B., Krol, A., Gilroy, S. (2009)
Plant Physiol. 151: 1855-66
機械的な刺激は側根形成を調節する

植物の発達は環境刺激に対して敏感であり、それに対する可塑性は植物が場所を移動できないことを克服する一つの方法である。 この適応的な発達には、胚期以降の器官形成のタイミングと位置を調節する能力が重要である。 側根形成は胚期以降の器官形成の代表例であり、新たな側根原基の始原細胞を形成するための内鞘細胞の動員は、正常な根系を形成する上でのキーイベントである。 側根形成の要因の一つである機械的な刺激について、根を曲げることで、その屈曲の凸側で側根が誘導されることが示されている。 また、側根形成におけるオーキシン依存性のプロセスが明らかにされてきた。 しかし、根の屈曲の凸側での側根形成を指令する正確なシグナル伝達・応答経路や、このプロセスに関わるオーキシン介在性でない他の要素の有無については解明されていない点が多い。 本研究では、シロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana) の野生型および各種変異体を用いて、根の屈曲による側根形成のメカニズムとシグナル経路について解析を行った。

まず、屈曲刺激を受けた根で、側根が屈曲の凸側で形成するという過去の報告の確認を行った。 その結果、根を波状に曲げた場合、実生を傾けた状態で生育させて重力屈性で曲げた場合、障壁に接触させながら根を成長させて機械的に曲げた場合のいずれでも、屈曲の凸側において側根の形成が確認された。 屈曲による側根形成には重力屈性のシグナル伝達・応答が必要か否か調べるため、根冠を除去し障壁に接触した根の成長を観察した結果、正常な根は根端を下向きにした状態で障壁と水平に成長を続けた一方で、根冠を除去した根では、根端は重力と関係なく自然に湾曲しながら成長を続け、湾曲した根の凸側で側根を形成した。 さらに、重力屈性応答に異常がある pin-formed2 (pin2) 変異体および aux1 変異体でも、屈曲領域での側根形成の阻害は見られず、重力屈性に依存しない方法で屈曲させた根では屈曲の凸側で側根が生じた。 これらの結果より、側根形成には重力屈性のシグナル伝達は必要ではないことが示唆された。

また、機械的な刺激がオーキシン依存性の経路を介して、側根形成を調節しているか調べた。 実生から胚軸を除去し、シュート由来のオーキシンの輸送を遮断した結果、側根は原基の段階で成長が停止し側根が出現しなかったが、胚軸を除去した実生の切断面にオーキシン (1-ナフタレン酢酸) を含む寒天片を載せることで側根が出現した。 根の細胞からのオーキシンの流出を担う PIN タンパク質や ABCB タンパク質を欠く変異体では機械的な刺激の有無に拘わらず側根形成に影響はなく、オーキシンの輸送に異常があり、側根数の減少が見られる aux1 等の変異体では、屈曲によって野生型とほぼ同数に側根数が回復した。 オーキシン受容体の変異体 tir1 では、通常の生育で著しい側根密度の低下が見られるが、屈曲処理によって側根数が回復した。 これらの変異体の解析によって、屈曲によって誘発するシグナル経路は、根系でのオーキシンレベルの感受性を上げ、TIR1 依存の経路と並行して TIR1 の下流で機能していることが示唆された。

側根形成に必要な屈曲処理時間を調べた結果、20 秒間の一時的な屈曲でも側根形成には十分であり、機械的な刺激はシグナルを迅速に発生させ、屈曲を戻した後も下流のシグナル伝達が継続することが示唆された。 蛍光共鳴エネルギー移動 (FRET) による Ca2+ センサー yellow cameleon YC3.6 を CaMV 35S プロモーターに接続したシロイヌナズナを用いて、屈曲領域における細胞内の Ca2+ 濃度を測定した結果、屈曲の凸側の表皮、内皮、および内鞘の細胞で迅速な Ca2+ 濃度の増加が見られ、Ca2+ 濃度の増加は屈曲により凸側で細胞が引き伸ばされたこと(伸展刺激)に起因することが示唆された。 Ca2+ チャネルブロッカーである La3+ で処理をした根では、屈曲の凸側でのCa2+ 濃度の変化の阻害が確認されたが、屈曲に依存しない部位で形成した側根では阻害は見られず、La3+ 処理は屈曲依存の側根形成の誘導を選択的に阻害していることが示された。

以上より、根に対する機械的な力は根冠からの重力屈性シグナルの非存在下で屈曲の凸側での側根形成を誘導することが示され、その詳細なオーキシン依存のシグナル経路が明らかになった。 また、屈曲に伴って細胞が引き伸ばされることによる Ca2+ 濃度の増加と側根形成の関連性が示唆された。