2016年度前期　第1回　細胞生物学セミナー

日時：5月17日（火）17:00～　　場所：総合研究棟6階クリエーションルーム

The plant NADPH oxidase RBOHD mediates rapid systemic signaling in

response to diverse stimuli

Miller, G., Schlauch, K., Tam, R., Cortes,D., Torres, MA., Shulaev, V., Dangl, JL., Mittler, R.（2009）

Sci. Signal. 2 (84): ra45

植物のNADPHオキシダーゼRBOHDは多様な刺激への迅速な全身性のシグナル伝達の応答を仲介する。

　高等植物は固着の生活様式のため、生育環境における生物的または非生物的な傷害に対処するために精練された応答機構を進化させてきた。これらの機構は、直接傷害を受けた組織だけでなく、直接的な傷害を受けなかった組織においても局所的に活性化される。この全ての組織における防御機構の活性化は全身獲得抵抗性（Systemic Acquired Resistance:SAR）と呼ばれ、ストレスを受けている間にさら�ﾈる感染症や植物全体への傷害を防止することに重要な役割を持っている。筆者らは強光や塩分、浸透圧ストレスのような異なる環境条件下での植物応答や創傷、活性酸素種（ROS）の蓄積に機能するジンクフィンガータンパク質Zat12の発現を指標とし、全身性シグナルの伝播におけるROSの関与を調べた。

　実験材料にシロイヌナズナ（A.thaliana）を使用し、Zat12プロモーターにルシフェラーゼレポーター遺伝 　子を融合させたZat12::Luc を形質転換させた株と、Zat12::Luc 植物を呼吸バーストオキシダーゼホモログD（RbohD） 遺伝子の変異体rbohDと交雑して得たZat12::Luc/RbohD 株を用いた。Zat12::Luc 植物のロゼット葉を創傷処理したところ、急速な局所性および全身性の応答が示されたが、Zat12::Luc/rbohD 植物ではこれらの応答が遅延された。また、基部から2～3 cmより上の位置を創傷させた花序のイメージングを行ったところ、Zat12::Luc 植物では全身性のシグナルが創傷された位置から花序にそって上下方向に8.4cm/minの割合で移動していたが、Zat12::Luc/rbohD 植物では上方向に0.5cm/minの割合で全身性のシグナルが検出されたのみであった。

創傷処理におけるROSの蓄積を測定したところ、野生型の創傷部位にROSが蓄積していたが、rbohD 実生ではROSの蓄積が遅延していた。加えて、ROS蓄積の阻害剤であるカタラーゼやNADPHやフラビンオキシダーゼの阻害剤であるジフェニレンヨードニウム（DPI）を、30分前に創傷処理をした部位から4～5 cm上の位置に滴下した場合、Zat12::Luc植物の花序では全身性のシグナルが抑制された。また、創傷処理した部位での、DPIやCa²⁺情報伝達を阻害するLaCl₃の投与では、全身性シグナルの開始が阻害された。ゆえに、全身性シグナル伝達の開始には2価のカチオンシグナル伝達、その後のRBOHD依存的スーパーオキシド産生のリレーとそれに引き続くH₂O₂の合成が必要である。

急速な全身性シグナルにおけるマイクロアレイ解析を行ったところ、創傷してから10分後に全身の組織で81の転写産物の発現が急速に上昇し、50の転写産物が急激に減少した。また、迅速な全身応答性を仲介できないrbohD 植物はアブラムシに感染しやすくなっていたため、食害や創傷への植物応答に関与しているジャスモン酸（JA）とサリチル酸（SA）の蓄積を調べたところ、これらの蓄積はむしろRbohD 植物では早まり増加した。ゆえにRbohD の生物学的役割は昆虫への防御応答におけるJAを介した傷害応答そのものに必要であることが示唆された。

以上のことから、シグナルの伝播はROSの蓄積とROS応答性転写物の急速な発現に付随して生じており、長距離にわたる植物の細胞間での急速な情報交換を可能としている。また、シグナル開始部位から遠い位置においてROS蓄積が抑制されることによりシグナルが抑制されることから、情報交換にはシグナル伝播経路にそった異なる細胞によるRBOHDの連続的なROS生成の増強を必要としていることが示唆された。

興味を持たれた方は是非ご参加下さい。　　　　北平佑貴