2016 年度前期 第 3 回 細胞生物学セミナー
日時: 6 月 14 日(火) 17:00~  場所:総合研究棟 6 階クリエーションルーム
A hypergravity environment induced by centrifugation alters plant cell proliferation and growth in an opposite way to microgravity
Manzano, A. I., Herranz, R., van Loon, J. J. W. A., Medina, F. J. (2012)
Microgravity Sci. Technol. 24: 373-381.

遠心による過重力環境は植物の細胞増殖と細胞成長において微小重力とは逆の影響をもたらす

すべての生物は地球上の様々な環境条件によく適応しており、それらの環境条件には重力も含まれる。 短期的な重力ベクトル方向の変化によって生理学的変化が起きる一方で、環境要因としての重力の長期的な変化は進化学的変化を誘発すると予測される。 したがって、宇宙空間やランダムポジショニングマシン (RPM) を用いた微小重力環境や、遠心機を用いた過重力環境における生物への生理学的影響を調べる様々な実験が行われてきた。 植物全体に影響をもたらす成長、分化、そして発生のプロセスは、細胞の生存に必須であり、特に分裂組織で見られる主な現象である細胞増殖や細胞成長といった基礎的なメカニズムに依存している。 地球上の 1 G 環境で、細胞増殖と細胞成長の活性は密接に協調しているが、RPM を用いた先行研究により、疑似微小重力環境下において根端分裂組織では細胞増殖が促進される一方で細胞成長が抑制され、これらの 2 つの機能の協調性が解消されることが明らかとなった。 本研究では、微小重力環境とは逆に、過重力環境が根端分裂組織の細胞増殖と細胞成長へもたらす影響について調べた。

材料として、CycB1:GUS レポーターを持つシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana (L.), Heynh.) の ”Columbia” (Col-0 株) の種子を用いた。 この種子を 2 日間 4 ℃で低温処理後、遠心機を用いて 2 G もしくは 6 G の過重力環境下で 24 ℃ の暗条件で発芽・生育させ、2 日齢もしくは 4 日齢の実生を固定し、各種解析を行った。

まず、細胞増殖と細胞成長に関与する形態的なパラメーターである実生の全長と根長を計測した結果、根長では有意差は見られなかったが、全長では 4 日齢で 1 G 外部対照と比較して 2 G と 6 G のいずれでも有意に長い結果が得られた。 しかしながら、1 G の外部対照と内部対照の間でも全長に差が見られたことから、本実験系では遠心機に重力以外に機械的なストレスや振動等、実生に影響を与える要因があることが示唆された。 レジン包埋した根から 2 µm 厚の半薄切片を作製し、位相差顕微鏡下で各種パラメーターを計測した。 分裂組織の厚さを計測した結果、過重力でより厚い傾向が見られた。 細胞増殖の活性のパラメーターとなる局所的な細胞分裂速度について、根端分裂組織の皮層で単位距離あたりの細胞数をカウントした結果、過重力では細胞分裂速度の低下が見られ、特に2日齢で顕著であった。 間接的な細胞成長のパラメーターとなるリボソーム生合成速度について、超薄切片を透過型電子顕微鏡で観察し、核小体の形態計測を行った結果、2 G と 6 G のいずれの過重力でも 1 G 外部対照と比べて核小体の面積の減少が観察された。 また、核小体内部の構成要素の比率や分布における差異は見られなかった。

形態的解析の他、GUS レポーター遺伝子を用いてサイクリン B1 の発現レベルを調べた。 サイクリン B1 は有糸分裂の G2 期から M 期への移行における主要な制御因子であり、G2 期で特異的に発現するため、細胞増殖の指標となる。 根の GUS シグナルの強度を積分光学濃度(光学濃度に染色面積をかけた値)で定量化した結果、2 日齢では過重力でサイクリン B1 の発現量が増加したが、4 日齢では過重力でサイクリン B1 の発現レベルの低下が見られた。 過重力で細胞増殖速度の低下が見られたという形態的解析の結果とは矛盾する結果が得られた。 2 日齢でのサイクリン B1 の活性増加は重力変化ストレスにより G2 期が長くなったことに起因する可能性も考えられる。

以上より、根端分裂組織は重力変化に対する感受性があり、微小重力と過重力のいずれの重力変化でも、細胞増殖と細胞成長の協調性が解消されることが明らかとなった。 また、微小重力環境は細胞増殖を促進する一方で細胞成長を抑制するが、過重力環境は細胞増殖を抑制する一方で細胞成長を促進し、微小重力と過重力では互いに逆の影響をもたらすことが示された。