2017 年度後期 第 5 回 細胞生物学セミナー

日時: 11 月 28 日 (火) 17:00~  場所: 総合研究棟 6 階クリエーションルーム

The actin cytoskeleton is a suppressor of the endogenous skewing
behaviour of Arabidopsis primary roots in microgravity

Nakashima, J., Liao, F., Sparks, J. A., Tang, Y., Blancaflor, E. B. (2014)

Plant Biol. 16(s1): 142-150

アクチン細胞骨格は微小重力環境下でシロイヌナズナの主根の内在的な斜行挙動を抑制する

根が重力ベクトル方向に向かって曲がる現象は重力屈性と呼ばれ,土壌の養水分の効率的な利用を可能にする根系の発達に繋がっている. 根の重力屈性の機構の理解は,農業の生産性の向上だけでなく,宇宙での生命維持システムの一部として植物を利用する上でも重要になると考えられる. 微小重力環境での根の成長方向について,重力の非存在下で一般的に予測されるランダムな方向だけでなく,指向性のある成長も報告されているが,これらの根底にある分子メカニズムは未解明である. 一方,地球上でアクチン細胞骨格は,根の重力応答に対して抑制的に作用し,アクチン重合阻害剤で処理した根や,アクチンのアイソフォームの欠損する act2-5 変異体の根では,重力屈性応答の増幅が確認されている. しかし,地球上では一定の重力ベクトルによって,重力屈性以外にアクチンによって制御される根の成長応答が不明瞭になっている可能性がある. 本研究では,アクチン細胞骨格が地球上の重力環境で根の重力応答を調節するだけでなく,微小重力環境での内在的な根の成長パターン形成にも重要であるか否かを検証するため,スペースシャトル・ディスカバリー号の STS-131 ミッションで Biological Research in Canisters (BRIC) 装置を用いた実験を行った.

植物材料として,シロイヌナズナの野生型 (Columbia-0) と,根で発現する植物のアクチンのアイソフォーム (ACTIN2) を欠損した act2-3 変異体を用いた. 種子を Murashige-Skoog (MS) 培地が入ったペトリ皿に播種し,ペトリ皿固定ユニット (Petri Dish Fixation Unit, PDFU) に格納して密封し,PDFU 内の実生とは別の区画にグルタルアルデヒドを含む固定液を注入した. PDFU は BRIC 装置に入れて,スペースシャトル・ディスカバリー号のフライトでの微小重力 (µ G) 区と,ケネディ宇宙センターの宇宙生命科学研究所 (Space Life Science Laboratory) にある軌道環境シミュレーター (Orbital Environmental Simulator) での地上対照区の 2 つの重力条件下において暗所で 2 週間生育させた. 生育後,PDFU 内で固定液を実生が入った区画に流し込んで実生を固定した.

いずれの重力条件下および遺伝子型でも,種子の発芽率は 94% 以上であった. 対照区の根は重力ベクトルに向かって下向きに成長した一方で,µ G 区の根は,ランダムな方向へ成長するという予想に反して,ペトリ皿の表側から見て左方向へ曲がる傾向が見られ,act2-3 では野生型より顕著に曲がり,根は渦を巻いた. 根の成長方向を定量化するため,二値化した根の輪郭画像を高速フーリエ変換によって 2 次元パワースペクトルに変換して成長方向をヒストグラムにし,まっすぐな根を 0,渦を巻いた根を 1 として,根の成長方向のエントロピーを示す指標を算出した. その結果,対照区と比較して µ G 区でエントロピー,すなわち渦を巻く傾向が高くなり,野生型と比較して act2-3 の根でより渦を巻く傾向が見られた. 光学顕微鏡と透過型電子顕微鏡を用いて根端の縦断切片の観察を行った結果,細胞あたりの液胞の数について,µ G 区で増加が見られた. さらに,µ G 区の act2-3 では,対照区や野生型と比較して,根の細胞壁に明らかな構造的な変形が見られ,新たに形成した細胞壁の崩壊,一次細胞壁の波打ち,細胞壁での電子透過性の低い物質の減少といった異常が確認された.

前述の BRIC 実験の µ G 区で見られたような根の成長パターンについて,低速で回転する 2-D クリノスタットを用いて再現できるか検証を行った. MS 培地が入ったペトリ皿に,野生型と act2-3 変異体の種子を播種し,24 時間暗条件または 14 時間 / 10 時間の明暗サイクルの 2 つの光条件下で,垂直に立て 3 日間,その後 1 rpm の速度で回転する 2-D クリノスタットに立て 3 日間さらに生育させた. その結果,光条件に関わらず野生型と act2-3 のいずれの根も左方向に曲がり,特に act2-3 では渦を巻き,BRIC 実験を用いた µ G 区の結果と一致した.

以上より,アクチン細胞骨格は,地球上での根の重力応答だけでなく,微小重力環境で見られる根の内在的な指向性のある成長パターンを抑制することが示され,アクチンによる根の成長方向への影響の一部は,細胞壁を構成する物質の調節とそれらの主根への輸送を介している可能性が示唆された.