2017年度前期 第3回 細胞生物学セミナー

日時 : 530日(火)1700〜 場所 : 総合研究棟6階クリエーションルーム

A hypergravity environment increases chloroplast size, photosynthesis, and plant growth in the moss Physcomitrella patens

Takemura, K., Kamachi, H., Kume, A., Fujita, T., Karahara, I., Hanba, Y. T. (2017)

J. Plant Res. 130: 181-192

過重力環境はヒメツリガネゴケの葉緑体のサイズ、光合成効率、および成長を増加させる

 

 コケ植物は水中から地上へ生育地を拡大した最も古い植物群であり、多くの環境の変化を受けてきたと考えられる。重力は長距離の水輸送、葉の気体交換、細胞増殖、細胞壁の硬さ、成長といった維管束植物の生理学的過程に影響する。維管束植物での過去の研究結果から、地上での重力の影響はコケ植物にも変化を引き起こすと推測される。しかしコケ植物において重力屈性は調査されてきたが、重力の大きさに対する応答はほとんど調査されてこなかった。重力変化に対するコケ植物の応答と、維管束植物の応答とを比較することは陸上植物の歴史の中でどのように植物が重力に適応し、進化してきたのか推測するための重要な情報を提供してくれる。

本研究では植物材料としてヒメツリガネゴケを用い、茎葉体(配偶体)は白色光の下25で生育させた。培地は0.8%寒天で固めたBCD培地を使った。シュート頂端から3 mmの長さで切った12カ月齢の茎葉体を5 cm径のペトリ皿の中の寒天培地上に置き、定着させるために白色光下で35日間培養した。培養後、251 Gまたは光源が備わっている遠心機を使い2.3 G4.0 G7.1 G10 G の条件で25日間または、8週間ヒメツリガネゴケを育て、光合成と成長を解析した。

25日間の2.3 G4.0 G7.1 Gの過重力環境では、成長に対して仮根とシュートで逆の結果が得られた。仮根の長さは1 Gより7.1 Gの方が53%長くなったが、シュートの長さは25%短くなった。シュートの直径はすべての過重力下で有意に増加した。群体の中の茎葉体数は1 Gより7.1 Gの方が有意に高くなった。これらの結果は長期の中程度の過重力はヒメツリガネゴケの成長に影響を与えたことを示す。8週間の10 Gの過重力環境の場合はより顕著な結果となった。10 Gの個々の茎葉体では1 Gと比べてシュートの長さは19%減少したが、仮根の長さは87%増加し、この結果と同様に、シュートの乾燥重量は21%低く、仮根は154%高くなった。群体における茎葉体数は1 Gより10 Gの方が85%高くなった。そのため群体の総乾燥重量はシュートで49%、仮根で331%増加した。また、葉に相当するphyllidにおける細胞ごとの葉緑体数は1 G10 Gの間でほとんど変わらなかった。10 Gで観察された有意な総乾燥重量増加は、過重力下では成長が抑制されるという予測に反した新しい知見である。過重力処理による仮根や茎葉体数の増加はコケ類特有のものであり、オーキシンやサイトカイニンといった植物ホルモンの影響を受けているかもしれない。茎葉体数の増加はカウロネマから分化する芽の数の増加によって影響を受けているかもしれない。茎に相当するcaulidの先端と基部の葉細胞で、10 Gでの葉緑体の直径や厚さは3363%有意に増加した。またcaulidの基部の厚さを除いて、caulidの表皮細胞の葉緑体サイズも1555%増加した。面積当たりの光合成速度は1 Gよりも10 Gの方が高かったが、1 G10 GPPFD(光合成光量子束密度)が200 μmolm-2s-1を超えるとそれ以上上がることはなかった。これにより、面積当たりの光合成効率は過重力処理によって増加することがわかった。10 G下では個々の茎葉体のphyllidcaulidにおける葉緑体サイズは1563%増加した。葉細胞あたりの葉緑体の数は過重力の影響を受けなかった。したがって葉緑体サイズの増加は空気にさらされる表面部分を増やしてCO2拡散を高め、過重力環境が光合成効率を上げたことを示唆する。

本研究によって、ヒメツリガネゴケの過重力環境下の効果的な適応戦略について明らかになった。

興味を持たれた方は是非ご参加ください。 谷畑 昂士郎