2017年度前期 第5回 細胞生物学セミナー

日時:627日(火)17:00〜 場所:総合研究棟6階クリエーションルーム

Suppression of hydroxycinnamate network formation in cell walls of rice shoots

grown under microgravity conditions in space

Wakabayashi, K., Soga, K., Hoson, T., Kotake, T., Yamazaki, T., Higashibata, A.,

Ishioka, N., Shimazu, T., Fukui, K., Osada, I., Kasahara, H., Kamada, M. (2015)

PLoS ONE, 10:e0137992

宇宙の微小重力条件下で生育したイネのシュートの細胞壁におけるヒドロキシ桂皮酸ネットワーク形成の抑制

 

 

イネ科植物の細胞壁構造内における、ヒドロキシ桂皮酸の架橋結合によってつくられたネットワーク構造により、細胞壁は地球の重力への耐性を得る。このネットワーク構造は、イネ科細胞壁の主要な基質多糖類であるアラビノキシランにエステル結合したフェルラ酸 (FA) 残基同士が、共役反応を起こしてジフェルラ酸 (DFA) となり、それらがアラビノキシランを架橋することによって形成される。また、このネットワーク形成において、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ (PAL) や細胞壁結合ペルオキシダーゼ (CW-PRX) などの酵素が働いていることが知られている。

本研究では、細胞壁のヒドロキシ桂皮酸結合の構造における微小重力の影響を、国際宇宙ステーションの細胞生物学実験施設 (CBEF) において、同時に人工的な1 gまたは微小重力下で、イネ (Oryza sativa L.) のシュートを生育させて調べた。イネ種子は、遮光された48個のポリカーボネート培養皿を用いて、25個ずつ寒天培地上にまかれ、人工的な1 gまたは微小重力条件下で、それぞれ99時間(4日間)、127時間(5.3日間)、136時間(5.6日間)育てられ、その後地球に戻され、解析を始めるまで−80℃で保存された。細胞壁の機械的強度は張力試験機を用いて、細胞壁結合フェノール成分の定量およびPALCW-PRXの活性は高速液体クロマトグラフィー HPLC)を用いて、CW-PRX遺伝子発現レベルの定量化はマイクロアレイ解析およびRT-PCRによって解析された。

細胞壁の機械的特性の測定により、シュートの細胞壁が成長期に硬化すること、および微小重力がこの硬化を抑制することが示された。シュートが生育するにつれて、細胞壁多糖類や細胞壁結合フェノール酸、リグニンの量が増加した。微小重力は細胞壁多糖類またはFAp-クマル酸のようなフェノール酸単量体の量の変化には影響を及ぼさなかったが、DFA異性体やリグニンの増加を抑制した。シュート内のヒドロキシ桂皮酸ネットワーク形成に関わる、PALCW-PRXなどの酵素の活性もまた、シュートが成長するにつれて増加した。微小重力下で生育したシュートのPAL活性は、人工的な1 g下で生育したシュートとほとんど同等であったが、CW-PRXの活性増加は、人工的な1 g下で生育したシュートよりも微小重力下で生育したシュートの方がより少なかった。さらに、いくつかのクラスVペルオキシターゼ遺伝子の発現レベルの増加は、微小重力条件下で減少した。これらの結果から、微小重力環境が、イネのシュートの特定のクラスVペルオキシターゼ遺伝子の発現レベルに影響し、その結果としてCW-PRX活性の減少が起きることで、DFA形成やリグニン重合の抑制に関与している可能性が考えられる。そしてこの抑制は、細胞壁構築の際の架橋反応の減少の原因かもしれないことが示された。このようなネットワーク構造の減少は、微小重力条件下において、細胞壁を緩く保つことに寄与するかもしれない。

 本研究において、微小重力条件が、ある種のV型ペルオキシダーゼ遺伝子の発現レベルと、それによるCW-PRXの活性を調整することによって、イネのシュートの細胞壁におけるフェルラ酸ネットワーク形成を抑制することを示された。つまり、重力の刺激がヒドロキシ桂皮酸細胞壁の代謝を修飾することで、イネ科植物の細胞壁の機械的強度を制御することが示された。

興味を持たれた方は是非ご参加下さい。   澤田 稜太