2017 年度前期 第 8 回 細胞生物学セミナー
日時: 7 月 19 日 (水) 16:30~ 場所: 総合研究棟 6 階クリエーションルーム
Priming and positioning of lateral roots in Arabidopsis. An approach for an integrating concept
Kircher, S., Schopfer, P. (2016)
J. Exp. Bot. 67: 1411-1420
シロイヌナズナにおける側根の形成開始と位置決定 – 統合概念へのアプローチ
シロイヌナズナでは,主根における長軸方向と横断方向の複雑なパターンに従って,新たな側根が形成される. 側根のパターン形成の仕組みについて,現在,「屈曲仮説」と「振幅仮説」の 2 つのメカニズムが考えられている. 側根創始細胞 (founder cell) の形成は,内鞘でのオーキシン応答性遺伝子の賦活化を伴う. そしてこの現象は通常,屈曲の場所に局在しておこることから,障壁への接触や重力屈性によって生じた機械的刺激がシグナルとなり,屈曲の凸側でオーキシンが蓄積し,側根原基の形成が開始するという仮説が前者である. 一方で,側根原基形成位置の指標となる pDR5 オーキシンレポーター遺伝子の発現を観察すると,根の分裂領域から伸長領域においては周期的に変動していることから,側根原基形成位置を決定する周期的な遺伝子発現のパルスを生成する,内在的なオシレーターが存在するという仮説が後者である. しかし,屈曲仮説だけでは周期的な pDR5 の活性パルスと,その後に発生する成熟領域での側根原基の形成の関係を説明できず,逆に振幅仮説だけでは,屈曲と,屈曲領域の片側での側根の形成の関係を説明できない. そこで本研究では,側根形成における機械的なシグナルと周期的なシグナルの関係と,側根形成が内在的なオシレーターに依存しているのか否かを明らかにするための実験を行った.
pDR5 の活性と側根原基の形成位置の対応を調べるため,pDR5:LUC レポーター遺伝子を発現するシロイヌナズナの根におけるルシフェラーゼ活性のイメージングを行い,1 日後に根を酢酸カーミンで染色することで側根原基の位置を同定した結果,ルシフェラーゼ活性と染色領域には完全な対応が見られた. 屈曲仮説に関連した波打ち現象を再現するため,寒天プレートを 45° 傾けることで,重力屈性と接触屈性によって根を波状に成長させた. その結果,各屈曲の凸側に側根が形成し,1 つの屈曲に対して 1 つの側根が生じた. 一方で,プレートの角度や培地の硬さなどの生育条件を変えることで,ほぼ真っすぐ成長する,一方向に連続して曲がり渦を巻く,変則的に曲がる,あるいは無秩序に曲がるなど,異なる屈曲パターンの根が得られたが,いずれのパターンでも側根の発生状況は類似しており,屈曲の凹側では側根が生じなかった. 分裂組織を除去した根端を曲げることで,根端付近の屈曲凸部に側根を形成する実生が増加したという過去の報告があるので (Ditengou et al., 2008),分裂組織の除去が,屈曲による側根の位置決定や,側根形成を促進するのか検証を行った. その結果,分裂組織を除去した根では,屈曲の有無に関わらず,根端付近での側根数が増加した. 一方で,分裂組織の除去の有無に関わらず,屈曲凸部での側根形成が引き起こされた. これらの結果は,屈曲仮説における根の屈曲と長軸方向の側根形成パターンの単純な因果関係に疑問を投げかけた. そこで,この点を明らかにするために,3 つの実験を行った.
一方向に 1 日に 60° 回転するクリノスタットにセットした垂直なプレート上で実生を生育させることで,根を円形にカーブさせた結果,円形になった主根の外側には,波打ちを始めとする様々な屈曲パターンで見られた場合と同じ時間的頻度で側根が形成した. これより,円のような僅かな角度の単調な屈曲でも,その凸側で側根が形成するが,側根形成の時間的頻度は影響を受けないことが分かった. 垂直なプレートを 2~24 時間の間隔で 90° 交互に回転させることで,重力屈性によって左右交互に屈曲の周期を変えて根を成長させた結果,どの時間間隔でも主根の伸長速度と側根形成の時間的周期は同じとなり,時間間隔 (つまり屈曲間隔) に対する側根密度は一定で,屈曲 1 つ当たりの側根と側根原基の数には直線的な増加が見られた. 円形にカーブまたは左右交互に屈曲させた根を,オーキシン溶液で処理し,異所的に側根を誘導させた結果,新たな側根は,屈曲の凸側に位置する既存の側根の付近で形成した. これより,高濃度のオーキシンでも,予め決定された側根形成位置を変えることはできず,側根原基の位置決定はオーキシンに依存しないことが示唆された.
以上より,振幅仮説で示された周期的なシグナルは側根形成の頻度を決定している一方で,屈曲は側根の向きの決定と長軸方向の微調整に関わっており, これら 2 つのシグナルは側根形成に必須かつ相補的であることが分かった.