2018年度後期　第6回　細胞生物学セミナー

日時 : 11月27日(火)17：00～　場所 : 総合研究棟6階クリエーションルーム

Developmental, nutritional and hormonal anomalies of weightlessness-grown wheat

Carman, J. G., Hole, P., Salisbury, F. B., Bingham, G. E. (2015)

Life Sci. Space Res. doi: 10.1016/j.lssr.2015.07.005

無重力下で生長したコムギの発達、栄養およびホルモン異常

根系やキャノピー環境が適切に管理されれば、宇宙でのseed to seed 実験が成功することは示されている。しかし、無重力下では高い収量を考える上で様々な生理学的および発達過程が負の影響を受けることが示唆されている。一方で、1996-97年の宇宙ステーションMirで行われた1回目の実験では高濃度エチレンが雄性不稔の原因となった可能性が示唆されるなど、宇宙実験では環境制御の課題も大きく、そのことを明らかにするためには機器を制御した追加実験も必要となっている。2回目の実験では資金提供が無かったため地上対照区が得られず、データが公表されなかった。最近の植物代謝やホルモンに関する研究の進展や、微小重力下における活性酸素種（ROS）形成に伴う酸化ストレスの報告に触発されデータを公表することにした。

実験（実験名 Greenhouse-2）には6倍体コムギTriticum aestivum L. Super Dwarf, CIMMYT selection CMH79.481-1Y8B-2Y-2B-OYを用い、宇宙ステーションMirで2つの根部のmoduleを持つSvetチャンバーを用いて生育させた。クリノプチロライトを培地とし、400 μmole m⁻² s⁻¹ の光量、28/21℃に設定した。1回目では1996年8月5日に軌道上で播種し、123日間生育させて収穫し、2回目として再び植え、41日間生育させた。試料は軌道上で凍結した。同時期のSvetを用いた地上対照実験は得られずSvet内の環境を厳密にシミュレーションすることも不可能だったため、同時期にユタ大学で通常のグロースチャンバーで理想的な条件で生育させた植物体を参照植物とした。Mirで栽培されたコムギは個体ごとの分げつによって分けた。形態は根、冠（冠根が生じた茎の部分）、稈、若葉、成熟葉、老化葉に分け、生重量および形態の測定を行って凍結乾燥させ、乾燥重量を測定して組織中の水分含量を求め、ICP発光分光分析による無機元素分析や、遊離アミノ酸分析を行った。またホルモン分析として、サンプルをホモジナイズし、メタノール中で凍結乾燥させ、トリチウム化ホルモンを標準試料として加え、HPLCを用いて分析した。

参照植物とMirで育てた植物の生長の違いに寄与した可能性のある様々な要因を評価した。モジュール1の1次分げつの長さは参照植物にも匹敵したが、葉面積は狭かった。Mirで育てた植物では参照植物と比べ、酸化ストレス下で蓄積しやすい遊離アミノ酸種のレベルが高く、分げつごとの葉の平均数は変わらなかったが分げつより主稈のシュートで多く葉を形成し、その葉面積が広かった。Mirで育てた植物では過剰な分げつが見られたが、これはMir内でのエチレンレベルの高さ（1.1-1.7 μmol mol⁻¹）や養液中の高レベルのNH₄によって引き起こされた可能性が高い。Mirで育てた植物では参照植物と比較して茎や冠、葉では水分含量が有意に高く、地上部や茎、葉でABAレベルは低く、サイトカイニンレベルは冠や茎で高かった。Mirでは高レベルエチレンによりABA合成が阻害されたため、根でのサイトカイニン合成が増加し地上部へ輸送され、サイトカイニンによる過剰分げつが起こったのかもしれない。

Mirで育てたコムギの葉には、酸化ストレスで誘導されるオートファジーにより蓄積することが知られる遊離アミノ酸が多く含まれ、老化が進んでおり、酸化ストレスを受けたことが示唆される。Mirで育てたコムギの葉には水分が過剰に含まれていた。つまり、微小重力下で葉面境界層抵抗が増すことで蒸散が低下したのを、Svetの換気では補うことができなかったため、葉の水分を除去できず、過水状態になったことが示唆される。

興味を持たれた方は是非ご参加ください。　谷畑　昂士郎