2020年度前期 第1回 細胞生物学セミナー

日時:428日(火)10:00~ 場所:総合研究棟6階クリエーションルーム

Chemotropic vs Hydrotropic Stimuli for Root Growth Orientation in Microgravity

Izzo, G., L., Romano, E., L., Pascale, D., S., Mele, G., Gargiulo, L., Aronne, G. (2019)

Front. Plant Sci., 10:1547

微小重力環境下での根の成長方向決定に対する刺激としての化学屈性vs水分屈性

地球上では植物の成長や方向づけに影響する主要素は重力であり,一般的に他の屈性は重力屈性によって覆い隠されている.重力以外の刺激に対する応答は光や水分などで盛んに検証され,応答機構が研究されている.化学物質に対する応答おいては,NaClストレスに対する応答などの研究例があるもの,化合物によって根の成長方向が影響を受けるという明らかな証拠はほとんど存在しない.そこで,重力刺激が無い状態での根の方向づけに対する水分屈性と化学屈性の相互作用を明らかにすることを目的として,宇宙実験MULTITROPMultiple-Tropism)が行われた.植物材料は宇宙実験のタイムスケジュールと培養器への適合性の観点からニンジン(Daucus carota L.)を使用した.D. carotaの種子は非対称構造で幼根を含む胚は腹側方向に偏って存在するため,種子の配置によって幼根突起の初期方向が異なることが考えられた.そこで,腹側を下にした状態の種子と背側を下にした状態の種子それぞれを0.8%寒天ゲル上で22℃で発芽させ幼根の突出を観察した.その結果,幼根は腹側から優先的に突出することが明らかになり,根の成長方向を評価する際には種子の配置による幼根突起の偏りを考慮する必要があることが示された.宇宙実験は国際宇宙ステーション(ISS)のBIOKON内の2つのYING-B2ユニットで行われた.各ユニット内の4つの培養装置には培地となる2枚の基質ディスク(Oasis® Growing Solutions, The Netherlands)があり,水に浸したWディスクと0.28% Na2HPO4で浸したNディスクの間に種子を挟んで培養した.各基質ディスクはあらかじめ溶液で浸した後6 g10分間遠心してテストし,打ち上げの際の過重力で液体が漏れ出ないようにした.上述の予備実験の結果を踏まえ,腹側をNディスク側にした状態(Rn)と腹側をWディスク側にした状態(Rw)の種子それぞれ2粒ずつの合計4粒を2枚の基板ディスクの間に播種した.暗条件下で175時間培養した後,RNALater (Sigma-Aldrich, St. Louis, Missouri, US)を容器に注入し生命活動を停止させた状態で保存した.地上対照実験(GRE)は宇宙実験完了後に同様の装置で行い,同様の種子の配置でNディスクを下にした状態とWディスクを下にした状態の2条件で行った.各実験の終了後,幼根を含むディスクを取り出し,XµCT装置Skyscan 1272 desktop microtomograph (Bruker, US)を用いてディスク内部を撮影し,発芽率の測定と幼根の形態解析を行った.形態解析では幼根の体積,平均直径,長さ,曲がり具合を計算した.結果はχ2検定と独立標本t検定により統計的な有意性を評価した.宇宙実験の結果,種子の発芽率は約84%32粒中27粒)で,発芽した種子のうちRn16個体,Rw11個体だった.Nディスク中への幼根の伸長を調べた結果,Rnのうち15個体,Rwのうち6個体で栄養溶液側への伸長がみられ,RnRwをプールした結果78%の個体の幼根がNディスク中で成長しており,無重力環境で幼根によるNa2HPO4への化学屈性が水分屈性を上回って作用することが示された.GREでは発芽率は87.5%32粒中28粒)でISSとの有意差は無かった.幼根はRnRwともに下側のディスクへ成長しており,1 G環境下では種子の配置や水分,栄養分の存在に関係なく重力に従って伸長することが示された.XµCTによる解析の結果,GREでは発芽個体のうち83%が胚軸を発達させていたのに対し,ISSでは44%の個体だけだった.したがって,形態解析の対象は胚軸が発達した実生に限定し,同じ成長段階にある幼根を比較した.ISSGREとの比較ではすべてのパラメータで有意な差は見られなかった.続いて,ISSWディスク中の幼根とNディスク中の幼根とで形態を比較した結果,曲がり具合がWディスク中で有意に増加(p<0.05)していたが,その他のパラメータでは有意な差は見られなかった.以上の結果から,微小重力環境ではD. carotaの根は化学物質を感知して応答することが明らかになった.今後,屈性を誘導するイオンの同定や他の化学物質でも応答の有無を調査することで,詳細な化学屈性のメカニズムを解明できると考えられる.形態解析では,重力条件の違いは幼根の外部形態には影響を及ぼさないことが示唆されたが,ダイズでは微細構造での変化が報告されており(De Micco et al., 2008),今後のさらなる解析によって同様の影響が見つかる可能性もある.                                                                                                                                               山浦遼平