2021年度後期 第4回 細胞生物学セミナー

日時:1026() 1630〜 場所:Zoom

Differential transcriptional profile through cell cycle progression in Arabidopsis cultures

under simulated microgravity

Kamal, K, Y., van Loon, J, J, W, A., Medina, F, J., Herranz, R.

Genomics 111 (2019) 1956–1965

擬似微小重力下におけるシロイヌナズナ培養細胞の細胞周期の進行に伴う差次的な転写プロファイル

 

地球上に生命が誕生して以来,生物システムは環境ストレスにさらされながら進化しており,その中でも重力は地球上の生命の進化の過程で唯一不変の環境要因である.細胞分裂はすべての真核生物において保存され,最も包括的に研究されている基本的な生物学的プロセスの一つである.加えて,宇宙飛行における微小重力によって,植物の細胞増殖は影響を受けることが報告されている.しかし,微小重力環境が細胞分裂の分子メカニズムに与える影響は明らかとなっておらず,そのメカニズムの解明は地球外での農業を実現するための鍵となる.一般に,細胞増殖は既知のチェックポイントで起こる細胞周期の進行の制御を通じて調節され,細胞集団の分裂速度を決定している.また,細胞周期の活性とその制御は植物の発生パターンの決定に強い影響を与える.以前に行われた実際の微小重力および擬似微小重力環境におけるシロイヌナズナ培養細胞を用いたトランスクリプトーム解析により様々なプロセス,機能,細胞活動に影響を与える遺伝子発現の変化が明らかにされており,そのうちのいくつかは生物的ストレス応答や細胞周期の制御に関連していた.さらに細胞の発生過程,特に細胞周期の制御と進行における重力の役割を完全に理解するためには,それぞれの特定の細胞周期段階に対する重力の変化の影響を調査する必要がある.そこで本研究では,擬似微小重力に対する植物の応答における転写メカニズムを明らかにするために,アガロースに包埋したシロイヌナズナの同調懸濁培養液をランダムポジショニングマシンで培養した.擬似微小重力での培養後,2つの細胞群(G2/M期とG1期を濃縮したもの)と非同調培養サンプルを用いてトランスクリプトーム解析を行った.

解析の結果,擬似微小重力に曝露すると遺伝子発現プロファイルに大きな変化が生じ,分析したすべてのサンプルにおいて転写発現が全体的に低下していることがわかった.このような全体的な転写の減少は,先行研究によって明らかにされている擬似微小重力による細胞活動の低下やリボソーム生合成速度の低下と一致していた.しかし,G2/M期とG1期や非同調培養で示されたトランスクリプトームパターンでは逆の変化を示す部分があり,細胞周期を通じた擬似微小重力への差次的な適応反応が示唆された. GO解析の結果,擬似微小重力下では細胞増殖/成長,エネルギー/酸化還元反応,ストレス応答に加え,未知の生物学的プロセスの遺伝子オントロジーグループで発現の違いがみられた.発現が上昇した遺伝子の中で24%はミトコンドリアの細胞構成要素に関連していることが明らかとなり,これは植物のミトコンドリアと細胞のエネルギー生産が,重力の変化に対する細胞の応答において何かしらの役割を果たしている可能性を示唆している.

本研究から,既知のストレス機構と未知の機能をもつ遺伝子の両方を用いた細胞周期の適応が,進化的に新しい環境である低重力に対応できる可能性があることが示された.

 

興味を持たれた方は唐原先生か玉置先生にご連絡ください.ZoomURLをお伝えします.田口 直哉