2022年度前期 第7回 細胞生物学セミナー
日時:7月5日(火)16:30〜 場所:Zoom
Plants grown in Apollo lunar regolith present stress-associated transcriptomes that inform prospects for lunar exploration
Paul, A. L., Elardo, S.M., Ferl, R. (2022)
Commun. Biol. 5: 382
アポロ計画で得た月レゴリスで育った植物のストレス関連トランスクリプトームが、
月探査の展望を示唆する
地球外生命維持において植物をどの程度利用できるかは、植物がその環境の資源を利用して生育できるかどうかにかかっている。本研究では初めて実際の月レゴリスを支持体そのものとして植物を栽培する実験を行い、月レゴリスが生物に与える基本的な影響を検証し、植物成長システムの基質としてレゴリスの初期評価を行った。植物が月レゴリスで正常に成長できるかどうか、また、成長できるとすれば、この新しい環境での成長に生理的に適応するために、トランスクリプトームの差異が示唆するように、どのような代謝戦略が利用されたか、という二段階の問いが立てられた。
本実験ではアポロ11号、12号、17号の調査地点から得られた3種類の月レゴリスサンプルと、対照物質として月模擬物質JSC-1Aを用いて、陸上植物シロイヌナズナの発芽と成長を調べた。その結果、JSC-1Aを用いた植物は成長速度や形態にほとんど個体差がなく、高い成長速度を維持した。それに対して月レゴリスを用いた植物は発育が遅く、多くが重度のストレス形態を示した。加えて、植物の発達のばらつきが大きく、わずかな植物はJSC-1Aの植物とほぼ同じように成長したものの、一部は重度の成長阻害と深い色素沈着が見られた。
そして、月レゴリス栽培植物のストレス形態の原因を調べるために、植物の地上部全体に対してトランスクリプトーム解析を行った。遺伝子発現データはJSC-1Aのコントロールと比較し、発現に差がある遺伝子(DEGs)を調べた。全ての月レゴリス試料でストレス関連遺伝子の発現が有意に上昇し、DEGsの71%は塩、金属、活性酸素種(ROS)ストレスに関連していた。さらに、全てのアポロ調査地点のレゴリス栽培で発現していたDEGsには栄養代謝に関連する遺伝子が29%も含まれていた。このような共通した反応に加え、アポロ調査地点によって異なる遺伝子の発現も見られた。いずれにせよ、月レゴリスはJSC-1Aよりもストレスが強いことが示された。
次に、月レゴリス栽培植物の成長形態にはばらつきがあったことから、成長に成功した植物の反応を調べるため、植物をサイズに基づいて3つの表現型「Large」「Small」「Severe」に分け、トランスクリプトームデータを再グループ化した。LargeとSmallでの遺伝子発現パターンはJSC-1Aの植物に近かったが、それでもストレス応答トランスクリプトームが見られた。Severeではストレス関連の遺伝子が数多く発現しており、厳しい反応を示した。それぞれの表現型に特異的に発現する遺伝子には明確な境界があり、月レゴリスでの植物の生育において克服しなければならない課題も明らかにされた。
これらのことから、月レゴリスは、月での植物生産に有用であるが、良質の基質とは言えないことが示された。植物と月レゴリスの相互作用をさらに解明し、緩和させることで、月面基地での生命維持に月レゴリスを効率的に使用できるようになる可能性がある。
興味を持たれた方は唐原先生か玉置先生にご連絡ください。Zoom のURL をお伝えします。
矢野敦也