2022年度前期 第1回 細胞生物学セミナー
日時:5月17日(火)17:00〜 場所:Zoom
The change of gravity vector induces short-term phosphoproteomic alterations in Arabidopsis
Yang, Z., Guo, G., Yang, N., Pun, S. S., Ho, T. K. L., Ji, L., Hu, I., Zhang, J., Burlingame, A. L.,Li, N. (2020)
J. Proteomics, 218: 103720
重力ベクトルの変化によるシロイヌナズナの短期的なリン酸化プロテオームの変化
植物は特定の刺激に対して一定方向の屈曲をする性質を持っており、これをトロピズムという。中でも重力に対する応答は重力屈性と呼ばれ、植物は重力ベクトルの変化により誘発される機械的刺激を感受し、形態形成と成長、発達を変化させる。先行研究により、重力感受メカニズムに関する様々な仮説が提唱されているが、植物細胞内で重力シグナルがどのように伝達するかに関する分子生物学的・生化学的知見はまだ少ない。本研究では、重力屈性に関与するタンパク質のリン酸化部位を同定するために、地上において150秒間の重力刺激を与えたシロイヌナズナを用いて安定同位体標識法(SILIA: stable isotope labeling in Arabidopsis)に基づく4C定量的リン酸化プロテオミクスを実施した。
リン酸化プロテオミクスの実験では、3週齢のシロイヌナズナを-135°下向きに傾け、150秒間保持することで重力ベクトル変化の刺激を与えた。その後シュート全体を液体窒素で直ちに凍結して組織を採取して分析した。その結果、重力刺激を受けたシロイヌナズナから合計5556のリン酸化ペプチドが同定された。そのうち465個は新規のリン酸化部位だった。SILIAに基づく定量およびリン酸化ペプチド抽出のイオンクロマトグラムの計算機解析の結果から、地球の重力場における-135°の方向転換により、8種類のPTM(post-translational modification)ペプチドアレイ(UPA: unique PTM peptide array)がアップレギュレートされ、5種類のUPAがダウンレギュレートされることが示された。さらに、これら13種類のリン酸化タンパク質の中から、重力シグナリングの主要な構成要素であると考えられていた細胞骨格の動態やプラスチドの移動に関連するものが多く検出された。これらの結果は、重力屈性のシグナル伝達におけるタンパク質のリン酸化の重要な役割を立証しただけでなく、重力屈性のシグナル伝達機構に関する今後の研究の候補を提供するものである。
また興味深いことに、青色光受容体フォトトロピン1(PHOT1)の3つのリン酸化部位(S350, S376, S410)のリン酸化レベルが重力刺激により変化していることが分かった。このリン酸化タンパク質PHOT1の重力屈性における機能的役割を、機能欠失型二重変異体phot1phot2とその相補的トランスジェニック植物PHOT1/phot1phot2 (PHOT1過剰発現株)の両方で、イムノブロット解析と重力曲率測定(gravicurvature measurement)により確認し検証を行った。イムノブロット解析により、重力ベクトルの変化がPHOT1のリン酸化レベルに影響を与えることが確認された。さらに重力曲率測定によって、エチレン制御による重力屈性におけるPHOTO1の機能的役割を検証したところ、大気中では、二重変異体phot1phot2は野生型とPHOT1/phot1phot2の両方よりも大きく曲がり、エチレン前処理条件では、PHOT1/phot1phot2は二重変異体phot1phot2よりも曲がることがわかった。このことから、PHOT1がエチレンによって調節された花序柄の重力屈性に関与している可能性があることが明らかとなった。これらの結果は、タンパク質リン酸化は、重力シグナル伝達において重要な役割を果たし、重力屈性と光屈性という植物の2つの主要な応答が、なんらかの共通の構成要素とシグナル伝達経路を持つ可能性を示唆している。
本研究で検出されたリン酸化タンパク質は、今後、植物の重力屈性応答におけるシグナル伝達メカニズムの分子レベル、細胞レベルでの研究を促進するだろう。